幽誕にあげようと思ってたSS


 著名人の集うパーティー。
 その中で帝人の姿は透明人間のようなものだ。
 学生服を着用していなければ、きっとウェイターに間違われていただろう。

「やあこんにちは、帝人君。羽島幽平のパーティーに呼ばれてたんだねえ」
「はい、まあ・・・・・・」
「学生服、似合ってるよ」
「その言いぐさ、外聞としてどうなんでしょう」
「あはは、帝人君に心配して貰っちゃった!」
「あ、じゃ、そろそろ行かないと」
「待った待った」

 目の前に立ちふさがった知り合いは、帝人の進路を塞ぐ。
 折原臨也その人である。
 こんな場所にふさわしいスーツ姿である。あのふわふわしたコートを着ていないと死ぬわけではなかったらしい。

「どう? 見違えた?」
「あの、ここ、静雄さんもきてるんですけど、知ってますよね?」
「そりゃそのくらいの情報知ってるよね」

 俳優である羽島幽平、すなわち幽は静雄の弟だ。

「じゃあ、静雄さんと臨也さんが会ったら、このパーティー会場血の海になる事もご存じですか」
「まあねえー」
「だったら、僕が逃げようとしてるのも、まあしょうがないですよね」
「えー、ちょっと待ってよ。だいたいここに来たのは静ちゃんに喧嘩売るためじゃないし」
「違うんですか?」

 それは本当に意外だったので帝人は目を丸くしてみせる。

「うん違う違う。帝人くんが来てるかなーと思ってさ」
「そういう嘘はいいですから。情報を集めに来たんでしょう? 芸能人の裏情報なんて、情報屋としては、何かの取引に使えますよね」
「こんなとこに出回るかなあ」
「誰か酔っぱらってそこらへんでキスしたりしてるかもしれませんよ」
「今時の芸能人にそこまでロックな思想の持ち主はいないよ」
「僕は、ちょっと挨拶してこないと・・・・・・セルティさんや園原さんともはぐれちゃいましたけど、たぶん彼女たちは彼女たちで挨拶してるかと」
「あーなるほどー・・・・・・って挨拶? 誰に?」
「幽さんですよ」
「あーなるほどー・・・・・・って、知り合い?」
「まさか。ただ招待していただいたのは事実ですから」
「へー、もしかして、帝人君、芸能人とかも好みなんじゃないの? 非日常だし」
「ルリさんは参加してないみたいですよ。体調を崩されたとかで」

 男を好みかと聞かれたとは、考えたくもない帝人である。
 しかし帝人が右にずれると臨也も左にずれて進路を塞ぐ。

「ーー何なんですか」
「俺もついてく。羽島幽平に挨拶しておくよ」
「静雄さんの家族にいやがらせとか・・・・・・」

 最低じゃないですかという顔になる帝人に「そういうんじゃないからね?」と臨也はやや慌てた顔をする。

「静ちゃんの方だって別に俺の家族に嫌がらせとかしてないし、うん、お互いにそこは一応、守ってる。気持ち悪いのは互いだけっていうね」
「なるほど」
「一応、顔を見ておこうかなって」
「今、B級ですけど、映画上映してますよ」
「そういう事じゃなくて」
「まあ、僕も一人であんなかっこいい人と会うの、緊張するんで、臨也さんがついてきてくれると助かります」

 ぴしっと臨也は何か自分の根本の部分にひびを入れられた気がした。

「え・・・・・・あのさ、一応、俺、眉目秀麗な設定で・・・・・・」
「そうですよね、すいません」

 と帝人は震える臨也に謝る。

「だけど芸能人の美形度と比べるのはちょっとあれかなって・・・・・・向こうはプロだし」
「俺の方がかっこいいから」

 なにやらむきになってきた。帝人はよけいな事を言わなければよかったと考える。
 幽は広い会場の中、後ろの方の扉から外に出ていこうとしていた。

「あー・・・・・・出ていきますよ。追いましょう」
「え、そう? ってか、俺の方がかっこいいよね?」
「はいはい、イケメンですよ」
「何それ。気のない返事をくれるよなあ」
 
 ぼやく臨也を従えて(こんなもの従えていっていいのかどうか不明だが)帝人は幽の行った方に向かう。芸能界のとりまきがいない今がチャンスかもしれない。

「あの幽さん・・・・・・」
「ああ・・・・・・君は・・・・・・セルティさんの」

 ぼうっとした感情の読みとれない顔で幽は頭を下げる。

「そうか、招いていたっけ」
「帝人君、招待したことも忘れられてるよ、もう行こう」
「臨也さん・・・・・・! あの、すみません、お招きありがとうございます」
「ちょっと待ってくれる?」
「え?」
「楽屋につきあってほしいんだ。今日、マネージャーが体調を崩しちゃって・・・・・・」
「俺もついて行く」

 メリーさんの羊のように臨也が当然の顔をしてついてくる。

「楽屋とかさ、俺ほどじゃないけど美形の男と二人きりとか危険でしょ?」
「どこまで本気で言ってるんだか分かりませんけど、ついてきてもいいですよ」

 正直、こうして臨也と比べてみると、幽は、同じレベルの美形に見える。
 それでもテレビや映画の画面の中の幽は違う。輝いている。
 映像の魔力なのかもしれない。
 だが、そんな事を臨也に言うとうぬぼれそうなのでやめておく。

「こっち。ファンの人から。お菓子とか食べ物、持ち帰りたかったらどうぞ。確か一人暮らしだって聞いてるから」
「あ、ありがとうございます!」
「食べきれないし、皆さんでどうぞってもらったから」
「これ芸能界のパーティーなのに、ファンの人なんているんですね」
「社長の縁故の娘さんとか、色々」
「それ貰っちゃっていいんですか?」

 などと言いつつ、すでに帝人は持って帰る品定めをしている。

「ちょっと帝人君、おなかすいてるの? 甘いもの苦手なくせして、そこまで? 今度俺が何かおごってあげるって」
「だけど臨也さんの場合は借りになりますからーーこれなら芸能人の気まぐれで、あ、すみません」

 自分の算段をじっと聞いている幽に、はたと気づいて帝人は謝る。

「なんか失礼な事、言っちゃって・・・・・・!」
「あとさ、俺もかなり芸能人レベルにかっこいいでしょ。むしろよく知ってる分、俺の方が好きっぽい顔だったりしない?」

 しない。今、帝人は心の中で自意識過剰な臨也の首をはねているところである。

「あはは、臨也さん相変わらずバカな冗談ばかり! 気にしないで下さいね! 臨也さんはちょっと情緒不安定なんです!」
「・・・・・・ああ」

 そこで幽は軽く頷いて、臨也の眉がぴくっと動いた。

「ああ、そうだ。兄さんにこれを届けておいてくれないかな」
「え、何ですか、それ手紙?」
「渡せば分かるから、よろしく。さっき会場の端っこにいたから」
「あっ、分かりました」
「えーー? 俺と静ちゃんが会ったら会場崩壊するけどいいのかな?」
「それは困る」

 と幽がすこしも困っていないように呟く。

「臨也さんはここにいて下さい」
「ここって、このサイボーグみたいな人と?」
「はははは、人の悪い冗談はやめて下さい」

 いいかげん帝人の目が笑っていない。
 招待してくれた芸能人(知り合いの、しかも尊敬している静雄の家族)に非礼をしたくないのである。
 幸いなのかどうなのか、幽は気を悪くした様子がないが、それだけに怖い。
 ここに幽と二人になんてしたくないが、臨也と静雄を会わせるのは論外だ。

「大人しくしてて下さいよ!」
「ガキじゃないよーー帝人君も面白いね」

 臨也も面白くなさそうな顔をしたが「お願いします! 借りにしておきますから!」と言うと、「ほんと? 何して貰おうかな」と表情を変えた。
 まずい事を言ったような気がしたが、後で考えればいいと帝人は早足で会場に向かう。
 むしろ、臨也の願いを聞く名目で会場から連れ出せれば、喧嘩が起きず、帝人の顔も立つ。

「おっ、竜ヶ崎」
「竜ヶ峰です、これ、幽さんからですよ」
「あ? あいつ、また・・・・・・! どこにいる?!」
「えっ? あの、何なんですか?」

 封筒から出てきたのは「〜円也」と書かれた幾つもの紙だった。
 分厚さから、もしかして大金でも入ってるんじゃないかと考えていた帝人は少し安心したのだ。

「俺が物を壊すと、あいつが払ってくれてる事があるんだ。その領収書だ・・・・・・こんな事するなって言ってんのに・・・・・・」
「ああ、そういう事ですか。お兄さん孝行ですね」
「・・・・・・俺のせいで、迷惑かけたくねえんだよ」
「静雄さんもいい人ですね」

 ついさっきまで、よくない人といたので、平和島兄弟の絆に心洗われるようである。

「金だと俺が受け取らねーのが分かってんだよ。実際、札束でも俺の腕力で投げると当たった奴の頭にぶつかると死にかけるしな」
「あー、経験済みなんですねー」

 と帝人の目が死ぬ。

「お前、幽に信用されたんだな」
「は、まあ・・・・・・」
「何だ?」

 野生のカンか。帝人が言いよどんだ事に静雄は気づいたらしい。

「その、臨也さんを幽さんのとこに置いてきちゃったんです。静雄さんと会ったら喧嘩になって、この会場が壊れると思って! 大丈夫です、すぐにちゃんと会場から外に出しますから!」

 この場をおさめるためとはいえ、臨也の管理人みたいな言い方になってしまった。

「あいつがここに・・・・・・いや、そうだな・・・・・・幽に迷惑かけるしな・・・・・・助かる・・・・・・お前には悪いが、あいつはいつか殺す」
「はあ、やっぱり、そうなんですね」
「その反応だと、お前はあいつの信者って感じでもねえみたいだな」
「そりゃそうです」

 おそらく信者の人間なら、もっと大幅な怒りを表すのだろう。帝人は冷静なものだ。
 静雄の死も臨也の死も、帝人には実感できないのだった。
 非日常としての信頼があって「どうせ死なない」と思ってしまっている。

「そうなのか・・・・・・あれか? 巻き込まれてんのか? だったら俺が手を貸すぜ」
「いやいやいや、いいですよ。さっき言ってたでしょう! ここの会場が崩壊したら困るって!」
「ああ、そうだったな・・・・・・」

 どうも感情に流されて大切な事を忘れがちなようである。

「だいたい僕の名前も知らないのに、手を貸しちゃったりしない方がいいですよ」
「お前、いい奴だな」
「いや、手を貸す静雄さんの方が絶対的にいい人です」
「それと、あいつ、幽と一緒にいるんだよな。早く引き離した方がいい。急いでくれ」
「臨也さんは暗黙の協定で、幽さんには手を出さないはずですけど。静雄さんだって臨也さんの妹さんたちに優しいですよね?」
「あいつがクズだからって、俺までクズになる必要はねえからな」

 それすなわち、臨也を信じているわけではないという事である。

「それにだな、俺は幽に暴力をふるいかけて、この能力を発動させたんだ」
「・・・・・・その、それって、もしかして」
「いや、その時はプリンを食われただけで怒った俺が悪いんだ、それはそうなんだが、あいつみたいなクズにとっちゃ、幽みたいな感情の少ない奴も、反発の対象なんじゃねえのかってな?」
「僕、急ぎますね・・・・・・」
「ああ、そうしてくれ」

 帝人は何とかーー間に合った。
 その間の臨也と幽の会話は、かいつまむと、このようなものである。

「友達?」
「は? 帝人君と俺? まあ、もうちょっと濃いかなあー、ってか何それ、何で聞くの?」
「世間話だけど」
「・・・・・・っていうかコミュ障? 何でそんなに感情がないの? 静ちゃんとは逆でいやになるよねえ? ってかお兄さんの悪口とかむかつく?」
「事実だし」
「・・・・・・っていうか本当に世間話? あのさ、静ちゃんとか帝人君と親しいの?」
「さあ、聞く?」
「いや聞かなくていい。あのさ、違うからね。何か勘違いしてない? 俺にとっちゃ帝人君は、ただの駒の一つさ。っていうか、君、ロボットじゃないよね?」
「うん」
「つまらないつまらないよ! もうちょっと何かないかなあ! 俺を楽しませるようなさあ!」
「何とか」

 この間に多大な沈黙が混ざる。

「帝人君、俺、こいつ嫌いだなあ! 静ちゃんも嫌だけどこいつとも喋らないでよ」
「ーー帰りましょう」

(臨也さんは意外と人の好き嫌いが多いのかもしれない)
 ややキレかけの臨也に、そんな感想を抱く帝人は、そういうあくの強い人間に好かれる自分の非日常さに気づいてはいない。


【完】