みにでゅらから思いついたSS


「困ります!」
「いいでしょ、ちょっと寄って行くくらい」
「本当に困るんですいいから帰って下さいお願いします」

 帝人の知る限り、送り狼という言葉は帝人が物心つく前に死語になったはずだ。
 世界が草食系とオタクに支配されたからである(ネット上の偏見)。
 その世界でぐいぐい押してくる臨也のような人間は貴重なのかもしれない。
 だが、そういう話でもない、はずだ。

「とにかく部屋にはあげられません」
「雨漏りしてたんでしょ? リフォームしたとか。見せてよ」
「いや、リフォームってほどじゃ。狩沢さんたちの仕業ですごい事になってて、僕の趣味じゃなくて」
「そのすごいのが見たいんだって。どんな風になってるの?」

 どんな風になっているのか、見せたくないのである。
 臨也が笑い転げる事は確実だ。

「ぜひ見たい――」

 と続く臨也の言葉は立ち消えた。
 臨也の存在自体が消えた。
 首を掴まれて放り投げられたのだ。

「てめえ、なにしてやがる!」

 文字通り空の彼方の星になった臨也を見て、帝人は「うわあ」と呻く。

「おい大丈夫か、竜ヶ岳」
「違いますけど、大丈夫です」
「部屋にあがりこまれなくてよかったな」

 と、ちらっとアパートを見て……困った顔になる。

「で、ここ、お前の部屋なのか? 本当に?」
「本当ですけど何か」
「いや何かってお前、すげーだろ、その、あいつの罰ゲームとかじゃねえだろうな」

 あくまでも心配してくれる人のいい静雄。
 人の名前を覚えるのは苦手そうだが、優しい人間である。

「うん、まあ外見はそうなんですけど、中はこれでちゃんとしてるんですよ」
「そうなのか。だったら安心だな」
「はい」

 本当は雨漏りがするほど、中もちゃんとしていない。
 それゆえに大家の手が及ぶまで、門田に臨時で雨漏りを直して貰うことになり――。
 それゆえに狩沢と遊馬崎の侵入を許す事になり(門田と帝人両方の油断だ)――。
 中身が凄い事になっているのだった。
 彼らは「あ、ごめん、リアタイで見たいアニメの時間だ。また後で来るから!」と帰ってしまった。
 忘れているのではあるまいか。
 最初オタク風にされた帝人の部屋は、今は悪の帝王の居城風になっている。
 友達も呼べない。正臣を招いたら、絶対爆笑される。
 そして静雄にも見せたくない。

「じゃ、僕帰りますから」
「――ああじゃあな」

 不自然に中を見せまいとする帝人を不審にも思わないらしく、片手をあげて、静雄は去っていく。

「ふう……早く狩沢さんたちに来て貰わないと!」

 帝人はドアを開けて、まったく落ち着かなくなった自分の部屋に入る。
 帝王が座るのにふさわしい玉座は畳からフローリングに変えられた床から一段あがったところにある。
 格別天井が高いわけでもないので、座ると頭がぶつかりそうだ。

「何なんだこれ、ほんとう」

 無駄にカーテンがぶらさがる壁に剣や斧がぶら下がっている。
 ノックの音がした。

「悪い、竜ヶ岳、俺、携帯落としたみてえなんだが、知らねえ……か…」

 帝人の肩越しに、静雄はばっちり室内を見たらしい。

「いや……その…きっと高校生に流行ってんだろ? 大丈夫だ、誰にも言わねえし……」

 静雄の視線が帝人からそれて明後日の方向に行っている。
 本当に流行だと思えたなら、こんな気まずい顔はしないだろう。

「違います、これは僕じゃなくて狩沢さんたちの仕業なんです!」
「ああ、なるほどな。あいつらってオタク、とか、だったか?」
「そんな感じです。僕の趣味じゃありません。断じて違います」

 静雄でこれなのだから、臨也などひーひー笑いながら七転八倒しそうである。

「大変だな。何でそんな事になったんだ?」

 雨漏りの話を一通り話すと「とんでもねえな」と眉をひそめてくれる。

「一応、いいこともあるんですよ。押し売りとか新聞とかNHKの人とか、この部屋を見ただけで帰ってくれます」
「うん、まあ、だろーな……」

 静雄も納得。

「俺の金髪とサングラスみてえなもんか」
「は?」
「これな。喧嘩を売られないように強そうに見せるために、こうしてんだよ。元はこんなじゃなかった」
「そうなんですね。でも似合ってますよ」
「お前も似合ってるぜ、この部屋。竜ヶ嶽ってなんか強そうだしな」
「竜ヶ峰です……ここが似合うのは嬉しくないです」

 どんな人間だ。と言いたい。

「あ、それより携帯……」
「ああ、そうだったな、忘れてたぜ」

 この部屋がそれだけのインパクトを静雄に与えたのであった。

「あれがねえとトムさんと連絡が取れねーんだよな。まあ、っつっても、つい昨日携帯一つ、ぶっ壊したとこだから、また調達して貰うしかねえかもな……」
「外の廊下か、階段ですかね」
「見てみたが、なかったんだ。お前が拾って部屋に持って帰ってたのかと思ったぜ」
「階段から下に落ちたのかもしれません。もう一度見てみましょう」
「ああ、かもな」

 静雄と帝人は、階段を降りるとアスファルトの地面を検分した。

「あ、これ、何かカード落ちてますけど……マンションの鍵っぽいですよ」
「ああ? 俺のじゃねえな」
「――このイニシャル……」
 
I・O。臨也のマンションの鍵のようだ。後で届けよう仕方ないと帝人はポケットに入れた。

「携帯はないみたいですね……もしかしてさっき臨也さんを放り投げた時じゃないですか? 一緒に投げちゃったのかもしれませんよ」
「ちっ……かもしれねえな」

 話題が臨也に移ると、静雄の眉間に皺が寄る。

「どっちに投げました?」
「てきとーだったからな。覚えてねえ」

 帝人も静雄も臨也の心配は露程もしていない。
 そんな簡単に死ぬ人間ではないのだ。

「こんな事、言うのアレですけど、臨也さんが静雄さんの携帯を持っていたら、何かまた仕掛けてくるかもしれませんよ」
「どういう意味だ」
「たとえば静雄さんのふりをして、その静雄さんの友達にいたずら電話するとか。何か静雄さんが困る事をしそうな気がします」
「くそ! あいつ!!」

 ぶわっと静雄の怒気が高まる。
 帝人は思わず、怯えかけた。

「す、すみません。あくまでも可能性の問題で、何か手を打っておいた方がいいんじゃないですかって事です。携帯の会社に電話して通話とか止めて貰ったり、トムさんに携帯落としたって話すとか」
「! ああ、そうか……頭いいな、お前」

 膨れ上がった時と同じくらい急に静雄の怒りが萎む。

「携帯なくした時ってそうするみたいですよ」

 帝人は経験がないが、なくしたクラスメートや正臣は皆、携帯を止めていた。

「なるほどな。で、携帯会社にはどうやって連絡とったらいいんだ?」
「僕の、使って下さい」
 
 帝人は、静雄に自分の携帯を差し出す。

「おう、悪いな……」
「どうしたんですか?」
「携帯会社の電話番号が分からねえ……」

 帝人はパソコンを開き、ネットに接続した。携帯で、ほとんどネットを見ないからだ。

「お客様サービスの番号、これですよ」
「おう。……おい、なんか、電子音の姉ちゃんが話し始めたんだが」
「貸してもらえますか?」
「悪い」

 本当に気まずそうな顔の静雄に帝人は笑う。

「いえ、池袋の平和島静雄の役に立てる機会なんてそうそうありませんから」

 無事に携帯を止めた後は、「これでもう大丈夫ですよ。でもトムさんにもちゃんと携帯無くしたって連絡しておいて下さいね」と言っておく。

「おう。ありがとな」

 何事かもじもじしていた静雄の真意を帝人はすぐに知る事になる。

「じゃあな、竜ヶ峰」
「あ……はい、覚えてくれたんですね」

 ぱあと顔を輝かせて帝人は嬉しかった。
 非日常と親しくなるのは楽しいものだ。

「今、一生懸命思い出してた」

 と静雄は笑うのを我慢しているような顔をした。

「お前がセルティと仲がいいわけが、少し分かった。じゃあな」
「はい!」

 楽しい気持ちで部屋のドアを開けた帝人、すぐにテンションが落ちる。
 暗黒の帝王の館と化した部屋ではそうそう喜びを保てない。

「――ほんと、さっさと直して貰わないと。わっ!!」
「帝人君! 戻ってきたよ!」
 
 額から血を少し流して、臨也が帝人の背中を押し、一緒に部屋の中に入る。

「このタイミング……みはからってましたね?」
「ってか、この部屋! すごい! すごいよ! あははははははは」
 
 結局、臨也にお楽しみを提供してしまったようだ。
 本当に腹を抱えて笑い転げている。帝人は少しむくれた。

「楽しんで頂けて何よりですよ。さっさと帰って下さい」
「静ちゃんには親切だったくせにさー。なんで俺には冷たいの?」

 思い切り嫌そうな顔で聞く臨也に「たぶん、人の部屋を笑うからじゃないでしょうか」と帝人は淀んだ目で言う。

「えー、だってこれ、帝人君の趣味じゃないでしょ。笑われたっていいじゃん。一緒に笑おうよ」
「この部屋で一日過ごしているとアイデンティティが崩壊するよーな気持ちになるんですよ」
「そう? ダラーズを悪の組織に変えたくなってくるんじゃない? ぶっ、ははははは」

 どうしても笑いをこらえられないらしい。

「あとさ、静ちゃんにちょっと懐かれて嬉しいみたいだけど、俺はもっともっと帝人君に懐いてるからね?」
「そうですかー……」

 帝人の目はますます淀んだ。
(あ……そういえば……)


 その日、帝人は拾ったカードキーを狩沢と遊馬崎に渡す。
 街を跳梁跋扈し、部屋に帰った臨也が見たものはアニメポスターに覆い尽くされた自分のアジトだった。

「仕返しか……やるね! 帝人君! 面白い! 面白いよ!! って、これ片付けるの手伝えよーーー!!!」

【完】