修学旅行
「何で修学旅行についてきてるんですか?」
「何で俺に黙って就学旅行に行くんだよ!」
何故わざわざ臨也に断る必要があるのか意味が分からない。
修学旅行は四泊五日だ。
その間ネットに触れないのは帝人も辛かったのだが、臨也がついてくるのも驚きだった。
「明日帰りますよ明日」
「そんなの俺に断ってなかったじゃない。携帯も連絡つかないし、家に行ったら人気がなかったし」
「携帯もってけないんですよ修学旅行は」
「家の中鍵開けて入ったら、帝人君いないし、浚われたんだと思ってすごい探した」
「誰が浚うんですか不法侵入者!」
パニックになった臨也は帝人が修学旅行なんてまるで頭に浮かばなかった。
高校時代が遠くなりかけているのも理由だろう。それに修学旅行には行かなかった。いやつれていってもらえなかった。臨也と静雄を連れて行くような教師達
はいない。風紀紊乱のかどで、彼らは置き去りだった。
「修学旅行なんて全滅すればいいのに。俺どれだけ心配したと思ってるの?」
極端な意見を披露する臨也は、まったく、と吐き捨てる。
「知りませんよ」
京都の街角でいきなりぎゅーーっと抱きしめられた。
ただでさえ夏の京都は暑いのに、臨也はサマーコートなんぞ着ている。
帝人はあーっと唸った。
暑い。むさくるしい。
臨也が何を考えているか分からない。
「あの静ちゃんも心配してたよ、帝人君がいなくなったって説明したらさ。失踪! やくざかも! 帝人君が人体解剖されるかも! とか言ったらさ、慌て
ちゃって」
ばかだよね、と臨也は自分を棚にあげて肩をすくめる。
「それだけ言ったら誰でも心配しますよ! やめて下さいよ! ただの修学旅行なのに顔出しづらいじゃないですか!」
「竜ヶ峰ぇぇぇぇ!!」
「うわあああああ!! あっちで教師投げてるの静雄さんですか?」
「柄の悪い体育教師とかマジでやくざに見える人いるもんね、超ウケる、マジウケル」
くくくっと笑う臨也は帝人が見つかった事でひどく心弾んでいる。死んでいなかった、ああよかった。そんな気分になる事が新鮮なのだ。
「ウケませんよおおおお! 静雄さん掴まっちゃうじゃないですかああ!!」
「大丈夫」
静かな声で淡々と言ったのは平和島幽だった。
「安心してください、これは映画ロケです」
羽島幽平として有名な映画俳優である彼の言葉に誰もが納得したらしく、周囲の人間たちはうんうん頷いた。
投げられた体育教師まで頷いていた。
来良は平和な学園だ。
幽の前にサイン待ちの列ができた。
「あ、あのー」
「兄さんが心配するから一緒に見に来た」
淡々と幽は言う。静雄は「竜ヶ峰無事だったのか」とほっとした顔つきだ。この兄弟とは、最近仲良くなった。が、悪意のないドラゴンほど恐ろしいものはな
いという事を帝人は知りつつある。悪意がないから怒れない。しかし片方は頭が弱くゴジラ並の力を持っていて、片方は天然でマスコミの力を持っている。
悪意たっぷりのドラゴンの方は、帝人の首ねっこにしがみついている。
「無事でよかった本当によかったよ帝人君。俺帝人君の事、すごく気に入ってるんだから」
「おい、離れろよノミ蟲」
「そうだよ離れてあげて、それは平和島兄弟のものだから」
「おい、幽、なんでお前まで所有権に入ってんだ」
「兄さんだけのものなの?」
「うっ!」
静雄と幽では幽の方が強い。何しろ淡々としてはいるが口がまわる。
「皆で帝人君と仲良くするのかと思ってルリにも写真を見せて紹介しておいたのに」
「なっ、まあ、そのゆくゆくは……そういう事かもしれねえが……」
ぽっと頬を赤らめる静雄。
何やら気に入られているらしいが、帝人としてはどこからツッコミを入れればいいのか分らない。
「何で帝人君の写真なんてもってるの? まあ俺だってたくさん持ってるけど」
これは分かりやすいので「何で持ってるんですか!」と言っておく。
「え、だって俺は無敵の情報屋さんだから当然」
「答えになってませんよ。情報屋って隠し撮りの達人なんですか? あと困りますから帰って下さいよ!」
「ええっ、いいじゃないか、今日は自由行動の日だろ? お兄さんが帝人君を連れまわしてデートしてあげるよデートしようデート」
「それはダメだよ……平和島家が予約してるんだから」
「そうだ! テメエその手を放せノミ蟲!!」
くわっと静雄が怒りの形相になり、近くにあった寺のさくを引っこ抜こうとする。
「だめですうううう!!! それ文化遺産ですうう!!」
「わっ、い、いきなりしがみつくなよ」
ちなみにしがみついている帝人の後ろには幸せそうに臨也がしがみついている。
コアラの親子みたいな事になっている。
照れかけた静雄は、その様子を見て、すぐにまた激昂した。
「いざやあああああ!」
「兄さんダメだよそれ本当に文化遺産みたいだから」
幽まで止めに入ったので、静雄はようやく、引っこ抜くまでのテンションから立ち直った。
ちなみにその幽も帝人ごしにしがみついている。
「ちょっとシズちゃんの弟何なの。俺がしがみついてるのに横から……」
いかにも非常識な事をしているような口調であるが、非常識なのは臨也もそうだ。
「園原さああああん!!」
「はい」
ざっ、と園原杏里が降臨した。
帝人が気になっているメガネっ子にして級長の巨乳美少女、だが、日常的に日本刀で武装している素直クール系でもある。
そのまま、ライトノベルに出てこれそうな少女だが、帝人の最近の窮状を受けて、ほとんど帝人のボディガードになっている。
「すみません、ちょっとお土産を選んでいました。帝人君が困った事になっているとは知らず……」
「何で昼間から日本刀抜いてるの? こっわーい。こんな子より断然俺の方が……ね?」
雰囲気をだした声になる臨也だが、どう断然なのか、帝人にはさっぱりわからない。
べったりと隣に立つ臨也に杏里は警告する。
「特に折原さんは手間をかけさせないで下さい。罪歌が貴方の事は生理的に声を聞くのもダメキモイと言っているのでできれば斬りたくないんです」
「ちょっとお!! 人の言った事にして、悪口言うの禁止禁止★」
「静雄さんと幽さんは、普通に気持ち悪くないので……だからこそ斬らせて頂きますよ? 帝人君から手を離して下さい」
「俺は……ただ」
「僕たちはただ彼がお気に入りなだけなんだけど……」
「お二人だけ特別扱いはできません」
何やら芸能人のマネージャーのような事になっている園原杏里。
彼女の存在に帝人は心から感謝した。ああ園原さんがいてくれてよかった。
最近彼女の存在は気になる女の子から変化してきている。
美少女だとか素直クールだとか巨乳だとかそういう美的な部分を全部さしおいて、何だか「頼りになるアイツ」になりかけている。
(守られてる感じがするよね……)と少年漫画のヒーローより少女マンガのヒロインになってしまっている帝人である。
「園原さん……」
「大丈夫ですよ帝人君。それにしても、こうなるから、一応、青葉君に伝言はしておいたはずですが」
「青葉君に?」
「ふふふ、先輩こんにちはー」
折原臨也を少年にして可愛くするとこうなるかもしれない存在が、手を振って現れた。
「青葉君?!」
「ついてきちゃいましたー。だって、先輩が困ってるかなあって思って」
「何で折原さんや平和島さんたちに説明しなかったんですか?」
ぎらん、と園原杏里は日本刀をかざす。
周囲の観光客は今や、彼らの事を何かの撮影だと考えているようで人だかりができている。
その人だかりをくぐって青葉は登場してくれた。
「だってー、先輩が困るとこが見たかったですし、それに、彼らが錯乱するところも見たかったんで。念を入れて、来良のホームページ書き換えて、ちょっと見
には修学旅行来月みたいな感じにしておいたんですよ。どこかのバカがこいつらのどっちかに修学旅行の話をしちゃったみたいですけどね、下級生ですかねー。
さすがに緘口令はしけなかったしなあ」
「青葉君……」
「あ、だめですよう園原先輩。刺されるのは帝人先輩にだけしか、許してあげません。ね、帝人先輩」
「もういいから皆で池袋に帰ろう」
皆で森に帰ろう、というナウシカよりも淀んだ目で、帝人は進言した。
「まさかこれ以上いないでしょうね?」
「帝人君がどこかで男ひっかけてなければ大丈夫だよ」
臨也が帝人にすかさず歩み寄ろうとして、杏里に刀で牽制される。
「恐ろしい事言わないで下さいよ!」
「あれ……その制服来良の……あんたらも京都が修学旅行なのか? あ、お前は」
両手に女をはべらせた六条千景……通称ろっちーが登場した。
そして一瞬の隙も与えずに、杏里が斬った。
「園原さああああん!! その人無関係!」
「今は無関係でもそのうち変質者になるかもしれないでしょう。もう出てきたところを斬る。ゴキブリに対するような対処で行こうと思っています」
「本当だよね、帝人君に近づこうとしただけで犯罪者だよ」
臨也は全自分を棚にあげてふうっとため息をついていたが、帝人はそれどころではない。杏里も怖い、帰りたいどこか遠くへ、という思いになっていた。
【完】