狛苗の捏造SS・絶望以前



   
 超高校級の幸運は、希望ヶ峰学園に入る事で消費されきった気がする。苗木誠は常々そう思う。クラスの皆ともすぐに馴染めた。超高校級の彼らはそれゆえ、普通の学校では浮いていたのか、基本的に気がよかった。
 しかし、かといって、全く悩みがないわけではない。
 彼らの優れた部分を見る度に自分は幸運しか才能がないのだと思い知るなんて事はあった。
(でも本当に幸運なんだもんな)
 と前向きな思考で、その都度、否定する。
(こんなすごい皆と、友達になれたんだし)
 そうとも、幸運ならそれを楽しまないで何とする。
 しかし、上の学年に自分と同じ才能を持つ人間がいるのだという事には、興味を覚えた。
(その人ならボクの、本当にここにいていいのかなって不安な気持ちも共有してくれるかもしれない)
 だから狛枝凪斗に会いに行ったのだ。

「ああ、君か。一学年下の幸運が才能って子は」
「あ、はい。はじめまして。狛枝先輩も同じ才能を持ってるって聞いて」
「幸運っていうのはどういう事だと思う?」

 狛枝は背が高く、髪の毛が白い青年だった。にこにこ笑っているが、どうにも読みがたい表情をしている。

「え、ええと、ここに入れた事が幸運かなって」
「だよね。ボクらみたいなクズがここに入って希望の礎になれるなんてすばらしい事だよ」
「く、クズ?」
「だってそうでしょ。幸運なんてしょせん、ごみみたいな才能だよ。単に運がよかったってだけ」
「そんな・・・・・・」

 こんなに卑下してくる人間も初めて見る。
 苗木はやや引いてしまった。

「でも君の幸運の才能には、代償がないらしいね」
「代償?」
「あれやだな、聞いてないの?」

 あははははと狛枝は少しも笑っていないように見える笑顔を向け続けてくる。

「ボクの幸運には代償があるのさ。両親はその代償のせいで死んだし、誘拐もされた。幸せな事が起きると必ず不幸がその埋め合わせをする。ボクの幸運はそういう種類の物なんだけど」
「・・・・・・そんな!」

 それは最早才能と呼べないのではないか。苗木には(まるで呪いみたいに聞こえる)と思えた。

「大変だったんですね、すみません。なんか、簡単に仲間だなんて思ってしまって」
「別にかまわないよ。ただボクは希望のかけらも見あたらない君に興味は持てないな。ボクと同じただのクズになんて」
「えっ、ええっ」

 まさかのクズ呼ばわり。そうか、自分の才能をさしてクズというからには、苗木の事もクズになるのか。

「す、すみません、帰りますね」
「うん、そうした方がいいね。ばいばい」

 それが最初の遭遇で印象は最悪だった。
 しかし、苗木はそれからも何度も狛枝を見かける事になる。
 気になってしまって仕方ないのだ。

(だって、ボクと同じ才能の持ち主だし)

 友達はいるのだろうか。何をして過ごしているのだろうか。
 苗木がふらふらしているのは周囲にもばれていた。

「苗木君は狛枝先輩が気になるのね」
「うん、同じ才能の持ち主だからって思ったんだけど、ボクより狛枝先輩はずっと大変なものを背負ってて・・・・・・ボクはずいぶん甘い事を言って怒らせてしまったんだと思うから」
「そんな風に思えるのが苗木君のいいところよね」
「そ、そうかなあ・・・・・・」
「そうよ。私の考える限り、彼は完全に苗木君を拒んではいない」
「えっ、そうなの?」

 霧切は最近、父親と和解したらしく、それが彼女の雰囲気をずいぶん柔らかくしている。
 彼女は考えをゆっくり口にした。

「愛想良く挨拶して、ボクは人付き合いが得意じゃなくてとでも言っておけば、苗木君だってそれ以上、狛枝先輩に近づいたりしないはず。でも、今、苗木君は狛枝先輩の事を前よりも気にしてしまっているでしょう」
「う、うん・・・・・・まあ」
「狛枝先輩はつまり、甘えているのよ。苗木君の出方を見ているんじゃないかしら」
「そう、なのかなあ? でも本当に腹がたってボクを拒んだんだとしたら?」

 だとしたらこれ以上、狛枝に近寄るのは、しつこすぎる。

「まあ苗木君のしたいようにすればいいわ」
「うん・・・・・・」

 超高校級の探偵はアドバイスこそくれたが、犯罪ではないので、最終的な判断を依頼人の苗木に委ねる事にしたらしい。
 そして、苗木はといえば。

「ええと、狛枝先輩、こんにちは」
「なんだまた来たの?」
「はあ、なんとなく・・・・・・お弁当、一緒に食べていいですか?」
「いいよ。クズが固まって昼ご飯を取っているっていうのも一興だしね。それに、彼ら希望の邪魔をしないで済む」
「希望って」
「他の生徒たちの事でしょ、それは。立派な人たちだよ。ボクらにはない本物の才能を持っているんだから」

 どこかうっとりしながら、弁当を開く狛枝の横で苗木は(この人は本当にゆがんでいるなあ)と思う。そのレベルまで自分の才能が嫌いなのかもしれないが。

「だったら、友達を作ったらいいのに」
「とんでもない。そんな事したら彼らがボクの不幸にまきこまれてしまうからね。絶対にダメだよ」
「そういうものなんですか?」
「ボクが幸せを感じたら、不幸が起きる。知り合いの一人や二人死んでもおかしくないんだよ。まあ、今は大丈夫だけどね」
「はあ・・・・・・」

(それはボクと食事をとるのは幸せじゃないって事ですか?)と思うが聞きにくい。しかし、狛枝の方で言いにくいはずの事を口にしてくれる。

「むしろ、幸運が起きてもおかしくないかもね。食事を邪魔されたんだから、テストの山が当たるとか・・・・・・。それなら、この程度の不運は、むしろわくわくできる! ありがとう苗木君!」
「は、はあ・・・・・・」
「正直、本当に心の底から君に興味はないんだ。でも、クズの君なら希望と才能あふれる生徒たちと違って、どうなろうと、かまわないかもしれない。それを言うなら、普通科の生徒たちだってそうだけどね」
「普通科って、ああ、最近作られた・・・・・・」
「そう。ボクたち以上のクズさ」

 希望ヶ峰学園は最近、経営が思わしくなく、それを助けるために、才能がなくても金を積めば入れる普通課を作ったのだ。そこの生徒たちは、お坊っちゃんでこそあるが、超高校級ではない。
 それにしても、ひどい言いようである。普通課の生徒たちにむしろ親しみすら感じていた苗木は、また少し狛枝に引く。
 が、苗木の引きようも気にした様子はなく、狛枝は笑う。

「まあ、わざわざ、近づく気はないんだけどね。ボクが好きなのは本当に才能がある存在だけだから」
「・・・・・・でも、彼らと友達になるつもりはないんですね」
「言ったでしょ。彼らに迷惑をかけたくないからね。ボクみたいなクズと友達になりたくはないだろうしね。時々遠くから、彼らを見つめるだけさ」

 それは変態っぽい。だから友達ができないのではないだろうか。

「だから、また暇つぶしに来てくれてもいいよ」
「え、あ、はい」
 
 狛枝の表情は変化しなかったが、霧切が言っていた「狛枝先輩は拒んではいない」というのは本当なのかも知れないと思った苗木だ。

(わかりにくいけど)

 だが、あくの強いクラスメートたちだってこんなものだ。拒まれていないなら、まあいいかと、苗木はそれからもちょくちょく、狛枝のところに顔を出すようになった。

「苗木君は変わってるね。希望と才能あふれる彼らにも物怖じしてないみたいだし」
「むしろ、一点優れてると、残りの部分がおろそかになるって事を学んだ気はしますよね・・・・・・」
「そうかな?」

 そうだ。協調性みたいなものは、まったくない。
 もっとも舞園みたいに超高校級のアイドル、なんていうのが取り柄だったりすると、協調性の固まりみたいになってもいるのだが。

「でも、苗木君は不思議だね。ボクと同じクズなのに、一緒にいるのが最近、楽しくなってきてる」
「え、そうですか? だったら嬉しいです」

 本当に嬉しかった。狛枝が後ろ向きでなくなってくれたら・・・・・・。
 
「よかったら、その、ボクの友達も呼んで、ここで皆でご飯とか」
「ああ、それは危ないからダメだよ。言ったろ。ボクは幸せになりすぎると、不幸を呼ぶんだ」
「言ってましたね、そういえば」
「だからね。ボクが苗木君といるのを楽しいと思い始めているのは、苗木君にとってはものすごく危険な事なんだよ?」
「???」

 言っている意味がよく分からず、苗木は狛枝をじっと見返した。

「もうここには来ない方がいいかもしれないね」
「えっ、な、何でですか? ボクが何かしましたか?」
「たとえばボクが宝くじを当てたりしたら? まあ、宝くじを買うなんて、そんな危険な事はしないけどね。でも、特待生に選ばれるとか、大金を拾うとか、ないわけじゃない。そんな時に、ボクと仲良くしていたら、苗木君が車にはねられたりするんだよ」
「ええっ?」
「今ならそのくらいで済むかもしれないけど、そのうち、それじゃ済まなくなるかもね。もっと親しくなったら、死ぬかもしれない」
「こ、怖い事言わないで下さいよ」
「脅してるわけじゃなくて真実を口にしてるんだ」

 狛枝はもう一度繰り返した。

「もうここには来ないで欲しい」
「で、でも、ボクはそんなに簡単に死んだりしませんよ。だって、ボクだって超高校級の幸運なんですよ?」
「君の力はボクのより弱い」

 あっさりと狛枝はそう片づける。

「君の力でボクの呪われた幸運に勝てるとは思えないんだよ。ごめんね。今まで楽しかった。でも、これ以上は迷惑なんだ」
「・・・・・・はい」

 がっかりだ。狛枝のにこにこ顔に、無理にぎこちない笑顔を返すと、彼のいつも笑っている目が少し揺れた気がしたが、気のせいかも知れなかった。


「最近、苗木は昼飯の時間に、姿を消さなくなったな」
「ダイエットでもしてるのかと思ってました」

 事実を口にする十神と、アイドルらしい発想を発揮する舞園。
 苗木は「うん、ちょっと」と笑ってみせた。
「先輩とは、うまくいかなかったのかしら」と淡々と霧切が口にする。

「え、何それ。苗木、上級生に告ったの?」
「違うよ!」

 しかし、霧切の他にも自分の才能以外あまり人を気にしないタイプの人間の群だと思っていたクラスメートが自分の挙動に気づいていた事は分かった。

「なんていうか・・・・・・、ちょっと心配な人がいて、顔を出してただけなんだ。でも迷惑がられちゃって」

 という話をするとクラスメート達が皆、いちように優しくなった。
 霧切以外、全員、誤解している気がした。
「苗木っち、一度や三度の失恋が人を鍛えるって水晶玉にも出てたべ!」などと言われるし。
 うぷぷっ、と自分を見て笑う超高校級のギャル江ノ島は「失恋なんてださーい」と評価してくれて、確かに相当へこんだ顔をしていたのだろう。

(失恋・・・・・・とかじゃないんだけどな)

 確かに落ち込んではいるが、仕方ない。
 これ以上踏み込むのは狛枝が許さないと言うのだから、従う以外なかった。

(寂しいっていうのはあるかもしれないな)


 ――それから一週間後、それは起こった。

「やあ、苗木君」
「えっ、あ、狛枝先輩?」
「うん、ごめんね、こんなところに呼び出して」
「呼び出された覚えはないんですけど……」

 気づいたら縛られて空き教室にいるだけなのだが。
 後ろ手に椅子に座らされたまま、縛られ、足は拘束されていないが、この状態で走って逃げるのは厳しい。
 何にせよ、狛枝が何をしたいのかが気になる。

「うん、いいから、いいから。ボクはね、どうも君と会えなくなるのが嫌みたいなんだ」
「だったらこんな事しなくても、呼んでくれれば」
「それが苗木君がボクの能力を理解してないところだ。ボクは幸せになるわけにはいかないんだよ。ボクが幸せになったら苗木君にも何かあるかもしれないからね」
 
「最初は諦めようとしたんだよ」と言いながら狛枝は苗木の後ろに回る。
 ほどいてくれるのかと思ったが、違った。
 ナイフが首筋に当てられる。

「こ、狛枝先輩?」
「だからね、苗木君に嫌われようと思って。ボクは苗木君の事気に入ってるから、嫌われたらすごく不幸だと思うんだよ。でもね、そうなったらボクは不幸だから、苗木君といてもいいんだ」
「おかしい……そんなのっ……ひっ」
 
 すうっと服が切られる。
 それも胸元だけが切られて胸板だけがあらわにされるような切り方だった。

「君が他の希望と才能あふれる皆と会話してるのを見ていたら、すごく腹がたってきたんだ。ボクはそんな事、できないけど、君にはできるからかな。それとも……ボクにはそんな事できないけど、彼らには、できるから?」
「……いえ、知りません」

 何を言っても煽る事になりそうで、苗木はぎゅっと口を噤む。

「もうボクの事、嫌いになった?」
「はい」

 と答えたのは、それが望まれている答えな気がしたからだ。
 嫌いになれば解放されると思った。しかし、そうではなかった。

「あははははは、彼女が言った通りだ。そうだよね、苗木君はそんなに簡単に希望を捨てたりしないから、僕を嫌いになったりはできない。だから、言葉なんて信用しちゃダメなんだ。だから……やりたい事は全部やって嫌いになって貰わないと」
「嫌いになってってっ、ひっ」

 服が切り刻まれていく。

(どうしてこんなになってるのに、人が来ないんだろう!)

 簡単な事だ。増築されまくった学園が広いからと、才能あふれる生徒たちは、空き教室に入ってさぼろうなんて思わないからだ。
 狛枝の幸運もあるのかもしれない。

「ひっ、あっ、ああっ、これなにっ! 何するんだ、やめろっ!」

 椅子に座らされたまま、空いた部分から尻の穴に丸いローターのようなものを入れられる。
 一種のレイプだ。胸にもその丸いローターはつけられた。両方の乳首に絆創膏で止められたローターがぶるぶると震えて乳首を嬲る。
 その三種類は気持ち悪かったが、ペニスに添えられたローターは恐ろしいほどの快楽を産んだ。
 ペニスの根元と先と両方に添えられてとどめられた結果、その刺激が乳首とアナルの方の刺激を快楽に勘違いさせる。

「あっ、ああっ、立ち上がらせてっ下さっ、いっ! やっ、もうっ、こんなの誰にも言いませんからっ!」
「うーん、そうだね、言えないよねえ」

 正面から、口からは涎、目からは涙をこぼしまくっている苗木を愛しそうに見つめる。
 自分の痴態を眺め放題の狛枝が勃起している事に、苗木は気付いていた。

(この人、僕に欲情しているんだ……)
 
 ぐっと目を瞑る。

「僕は、こんな事っ、望んでたわけじゃっ……やっ、ああっ、あっ、これっ、もうっ」
「そうなのかな。もしかしてボクの事、好きなのかなって思ったけど。まあ、今となってはどっちでもいいんだ。もう君はこれからボクを嫌いになっていくだけだし、そうじゃなかったら困るんだ」

 頬を撫でられる感触。
 自分が今されている行為をもっと楽しもうと腰が自然に揺れる。
 男の性質で、ペニスから吹き出すためのとどめを刺されたいのだ。
 椅子の足が、ガタガタと揺れて、苗木は自分自身に絶望しかける。

「可愛いな、苗木君。でもその顔は厭だな。もっと、そう、希望に満ちた顔をしてよ。これから、すごく気持ちよくなれるんだからさ」

 顔が近づいてきてキスをされる。
 噛みつけばいいものを、苗木はそのままにしておいた。
 ダラダラした快楽をいつまでも与えられると、頭のどこかが霞がかったようになる。

「……ねえ、苗木君、ボクの事を嫌いになってね。だって、もっとボク、君とこういう事をしたいんだ。すごく幸せな気持ちだよ。だから、もっとボクを嫌いになって……」

 狂った彼の言葉を聞きながら、苗木は、さっさと達してしまうだけでは、この地獄に終止符を打てない事を知った。


【完】