カム苗のような日苗SS
「ツマラナイ・・・・・・」
「どうかしたの、日向クン」
日向創という少年は、かなりまともな部類にある。
だから、彼が死んだ魚を思わせるうつろな目で、こんな事を言い出した時、苗木は、まず何よりも先に(メンバーと僕との緩衝材がなくなるのでは)と自己防衛の不安を感じてしまった。
「日向ではありません。カムクライズルです」
「えっ?」
カムクライズル。
人工的に作られた、完璧な才能溢れる人間。しかし、その作られた人格は、日向によって上書きされたはずだった。
だが、これは日向の話し方ではない。
「・・・・・・ごめんね!」
苗木はスタンガンを彼の腹に向けた。
抵抗しなかったのか、それとも不意を突かれたのかカムクラは倒れ、苗木は自分より大柄な彼を一生懸命持ち上げると、手錠をかけてイスにつなぐ。
カムクライズルは完璧な才能をもっていたが、その精神は江ノ島盾子に洗脳されてしまうほど、もろかったのだ。
またカムクラになっているのだとすれば、江ノ島の絶望を引き継いでいる可能性があった。
「どう思う? またカムクライズルが日向クンを乗っ取ったってことなのかな? だとしたら、何が原因なのかな」
矢継ぎ早に七海に質問した。
プログラムの中の彼女とはパソコンのモニタ越しでないと会話ができない。
だが、アルターエゴの助けで復活させた七海は、頼りになる相談相手だった。
画面の向こうで彼女は指を唇に当てている。
「・・・・・・たぶんストレスで日向クンの中にあったカムクラクンの人格が露出したんだと思うよ」
「そんなのおかしいよ、日向クンが元の人格なんでしょ?」
「うん、それはそうだけど・・・・・・カムクライズルが完全に消える事はなかったんじゃないかな・・・・・・と思うよ。奥に押し込めたから、出てきちゃったんじゃないかな」
「だったら日向クンはどうなるの? 消えちゃうなんて事は・・・・・・」
「大丈夫、それはない・・・・・・と思うよ」
と思うよ、が不安にさせる。
実際の日向は、今は「カムクラ」になってしまって、側でじっと苗木を見守っているのだから、なおの事である。カムクライズルについては苗木も、彼を捕まえた時に会っただけだ。日向の方がずっとなじみ深い。
「原因は何? いきなりカムクラになるなんて」
「ストレスじゃないかなあ・・・・・・と思うよ」
「それって狛枝クン?」
もしくは狛枝クン? と言いたくなる。
それは日向だけに限らず、狛枝というのは本質的に面倒で傲慢な男であり、同時に自分をゴミくず扱いできるというマゾでもあり、目覚めてこのかた、全体的にメンバーに重圧をかけがちな存在であった。
「ううん、今回は狛枝クンではないと思うよ」
断言してほしい。特にこんな不安な時には。
「どっちかっていうと苗木クンかな? と思うよ」
「僕? 日向クンに、僕、何かしたかな?」
「何もしてないけど・・・・・・何もしてないからこそかなあ・・・・・・と思うよ」
「???」
訳が分からない。
「だって最近、苗木クンは狛枝クンにつきっきりだったよね・・・・・・?」
「それは、狛枝クンは毎回、何かしらの不運を呼び込むから、面倒見なくちゃって」
結局、狛枝の頭の病気は、奇跡的に回復した。
狛枝が今の状態以上におかしくなる事はないらしい(今も存分におかしいのだが)。
診断に喜んだ狛枝が「嬉しいよ」と叫んだとたんに、全員の頭上に椰子の実が落っこちてきたのは、昔懐かしいコメディ感あふるる光景だった。
そんな狛枝は、なぜか苗木に懐いている。
『苗木クン、ああ、希望のかたまり・・・・・・影を踏んでもいいかな、苗木クン』
『あ、うん、大丈夫だよ。っていうか、その両手を広げた近づき方、怖いんだけど』
クマが人を襲う時はこうかもしれない両手を頭の上にあげた近づき方。
訪問の際には必ずやってくる彼と、苗木は会見する事が多かった。
リーダーの日向よりも多いほどである。
だからだろうか、日向の異変に気づかなかった。
「ボクがもうちょっと気をつけてたら・・・・・・いや、これから頑張ろう日向クンを必ず元に戻してみせるよ」
日向ならぬ日向が首を傾げる。
「貴方は、マコト。超高校級の希望、ですね?」
「え。えーと、そうなのかな・・・・・・超高校級の幸運らしいけど、ま、それも狛枝クンほどじゃないけどね」
「そうですね」
苗木の「大したことない自分」という喋りを、カムクライズルはそのまま肯定する。
「ですが、あなたはツマラナクナイ」
「・・・・・・そ、そうなの?」
「計算式にあてはまらない可能性を感じるからです。それはハジメもそうですが」
「ハジメ・・・・・・あ、日向クンの事?」
「ええ。カムクライズルを覆した。自分の意志で」
淡々とカムクラがほめているのは、もう一人の自分、日向創だ。
自画自賛に思えないのは、姿は日向でも、口調も態度もカムクラだからだった。
「うん。そうだよね、僕も日向クンはすごいと思ってる・・・・・・君がいると日向クンが消えてしまうのは知ってるよね?」
「認識しています」
「だったら・・・・・・日向クンを返してくれる?」
真っ向からの交渉に「それは」とカムクラはいったん言葉を切る。
「貴方はハジメを必要なのでしょうか」
「そうだよ。日向クンは皆のリーダーだしいなくなったら皆心配するよ、僕だって」
「それは、ナギトがいるからいいのではありませんか」
「ナギト・・・・・・凪斗か。あ、狛枝クンの事? 狛枝クンがどうかしたの?」
「ハジメはナギトの行動にフラストレーションとストレスを感じています」
(そうか、日向クンもなんだ・・・・・・)
苗木は唸る。これまで日向に、狛枝と皆の折衝を頼み続けていたのは苗木なわけで、あまりにも彼の負担が大きかったのだと反省する。
もしかすると、そのせいでカムクライズルは、今や、日向を周囲から守る為の精神的存在になっているのかもしれない。
それゆえに苗木が追いつめた結果、彼が出てきたのかもしれない。
「ごめん、日向クンに何もかも任せっぱなしにしちゃったせいだね。でも大丈夫だよ、その、これからはボクがちゃんと狛枝クンの面倒を見るから」
「それは違います」
即座に反論される。
「貴方がハジメに全てを任せたからではありません」
「え、そうなの?」
「ハジメの事をゾンザイに扱ったせいです」
「ぞ、ゾンザイ?」
(適当にってことだろうか?)
「そんなつもりなかったけど、言い訳にしかならないよね。とにかく、日向クンにストレスかけちゃったんだよね? 本当にごめん。これから狛枝クンの面倒はボクが」
「ですから、それは違います。ハジメは貴方にナギトの面倒を見てもらいたいわけではありません」
「そうなの?」
ナギト。ああ、そうか、それは狛枝の下の名前だと思う。
やはり、日向と狛枝は仲がいいのかもしれなかった。
「ハジメは貴方がナギトに集中して自分との関係を構築しない事に腹立たしさを感じている。それだけです」
「あ、そうなんだ・・・・・・ってあれ? 関係を構築しないって、それはボクが日向クンと? そんな事ないと思うんだけど。もしかして狛枝クンに構うなって事?」
「むしろハジメに集中して欲しいという事です」
何となく苗木は気恥ずかしくなってきた。
「ボク、別に日向クンをないがしろにしてるわけじゃなくて、ボクだって、そのむしろ、日向クンと仲良くなりたいと思ってるし・・・・・・」
ごにょごにょと呟いて、それから顔をあげると「苗木?」と、日向に言われる。
それはもう、日向そのものだった。
「あ、あれ、日向クン?」
「ああ・・・・・・どうしたんだ? それに、その、俺は別にないがしろにされてるなんて、思っちゃいないんだが」
「え、でも今カム・・・・・・」
「??? それに俺はどうしてこんなとこにいるんだ? お前は何してんだ?」
「え、えーとそれは・・・・・・」
カムクライズルの事を話すかどうか躊躇ったのは数秒。
伏せておいて、また日向が乗っ取られたら困る。これからは、日向にも自覚して貰った方がいいかもしれない。
「ごめん、日向クン、その、日向クンは、ちょっとの間、カムクライズルになってたんだよ」
「カムクラ、イズル?」
頭の触覚にはてなをつけて、それから、日向は「ああ、そうか、カムクラってあのカムクラか!」という顔になる。
さらに事情を話すと日向の顔がさらに赤くなった。
「そういう話か・・・・・・俺が要するに、その、狛枝をうらやましく思って、お前にやっかいをかけたって事なんだよな?」
「あ、ううん、全然、やっかいなんかじゃ」
「俺はいつも誰かをうらやんでる」
と日向は吐き捨てるように言う。
「希望ヶ峰学園に入りたかったのに、親の金で入ったら、今度は自分にない才能をほしがった」
「ああ、ボクもここに入りたかったから、分かるよ。それに家がお金持ちなら、すごいじゃないか」
しかも十神と違って性格が突拍子もないわけでもない。背も高いし、かっこいいから、日向はきっとモテるだろうなと苗木は思う。
「いや、お前とは違うな。お前は・・・・・・なんか、こう・・・・・・満足する事を知ってるっていうか、こう・・・・・・」
「???」
「お前が俺達を心配してくれて、助けてくれて、それで十分、嬉しかったのにな。手に入ったら、次は、もっともっとって欲しくなったんだろうな。才能ほしさにカムクライズルになって自分を失って、江ノ島盾子に操られて」
「でも日向クンは皆を説得して、江ノ島さんの支配から脱してくれたじゃないか」
超高校級の希望というなら、日向もきっと、そうだ。
「だけど、あの狛枝をうらやましがるなんて、俺は人として間違ってる」
きっと、日向は、空を睨む。
「ひ、日向クン?」
「悪かったな、苗木」
「え、全然悪くないよ。日向クンは。悪いのはボクが日向クンより狛枝クンに構ってたからなんでしょ?」
「いや、それはその・・・・・・忘れてくれ」
と日向は顔を真っ赤にしている。
「カムクラの言った事、あれは、俺じゃないのに。俺は、なんか、何でだろう、思い出せるんだ・・・・・・うわああ、ああああ」
思い出して、やるせなくなったらしく、頭を抱え始めた。
「あ、ご、ごめん、忘れるよ! その、変な事言ってごめんね」
「いや、お前は悪くないだろ。あのカムクラの言った事、繰り返しただけなんだから」
もはや両手で顔を覆ってしまっている日向の発言である。
「俺は・・・・・・俺が・・・・・・ツマラナイ・・・・・・」
(あ、またカムクラくん出てきた)
「またですか、マコト」
「・・・・・・ボクたち、長いつきあいになりそうだね」
しかし、それも悪くないのかもしれない。
人工に作られた人格とはいえ、カムクラが完全に殺されてしまうというのも気の毒な気がしていたからだ。
「マコト、ハジメは、貴方に好意を抱いているようです」
「・・・・・・う、うん、分かったから、やめて・・・・・・」
しかし、カムクラがいる事により、永遠に日向創にストレスが与えられ、カムクラが出現する事になるような気もするのだったーー。
【完】
「ツマラナイ・・・・・・」
「どうかしたの、日向クン」
日向創という少年は、かなりまともな部類にある。
だから、彼が死んだ魚を思わせるうつろな目で、こんな事を言い出した時、苗木は、まず何よりも先に(メンバーと僕との緩衝材がなくなるのでは)と自己防衛の不安を感じてしまった。
「日向ではありません。カムクライズルです」
「えっ?」
カムクライズル。
人工的に作られた、完璧な才能溢れる人間。しかし、その作られた人格は、日向によって上書きされたはずだった。
だが、これは日向の話し方ではない。
「・・・・・・ごめんね!」
苗木はスタンガンを彼の腹に向けた。
抵抗しなかったのか、それとも不意を突かれたのかカムクラは倒れ、苗木は自分より大柄な彼を一生懸命持ち上げると、手錠をかけてイスにつなぐ。
カムクライズルは完璧な才能をもっていたが、その精神は江ノ島盾子に洗脳されてしまうほど、もろかったのだ。
またカムクラになっているのだとすれば、江ノ島の絶望を引き継いでいる可能性があった。
「どう思う? またカムクライズルが日向クンを乗っ取ったってことなのかな? だとしたら、何が原因なのかな」
矢継ぎ早に七海に質問した。
プログラムの中の彼女とはパソコンのモニタ越しでないと会話ができない。
だが、アルターエゴの助けで復活させた七海は、頼りになる相談相手だった。
画面の向こうで彼女は指を唇に当てている。
「・・・・・・たぶんストレスで日向クンの中にあったカムクラクンの人格が露出したんだと思うよ」
「そんなのおかしいよ、日向クンが元の人格なんでしょ?」
「うん、それはそうだけど・・・・・・カムクライズルが完全に消える事はなかったんじゃないかな・・・・・・と思うよ。奥に押し込めたから、出てきちゃったんじゃないかな」
「だったら日向クンはどうなるの? 消えちゃうなんて事は・・・・・・」
「大丈夫、それはない・・・・・・と思うよ」
と思うよ、が不安にさせる。
実際の日向は、今は「カムクラ」になってしまって、側でじっと苗木を見守っているのだから、なおの事である。カムクライズルについては苗木も、彼を捕まえた時に会っただけだ。日向の方がずっとなじみ深い。
「原因は何? いきなりカムクラになるなんて」
「ストレスじゃないかなあ・・・・・・と思うよ」
「それって狛枝クン?」
もしくは狛枝クン? と言いたくなる。
それは日向だけに限らず、狛枝というのは本質的に面倒で傲慢な男であり、同時に自分をゴミくず扱いできるというマゾでもあり、目覚めてこのかた、全体的にメンバーに重圧をかけがちな存在であった。
「ううん、今回は狛枝クンではないと思うよ」
断言してほしい。特にこんな不安な時には。
「どっちかっていうと苗木クンかな? と思うよ」
「僕? 日向クンに、僕、何かしたかな?」
「何もしてないけど・・・・・・何もしてないからこそかなあ・・・・・・と思うよ」
「???」
訳が分からない。
「だって最近、苗木クンは狛枝クンにつきっきりだったよね・・・・・・?」
「それは、狛枝クンは毎回、何かしらの不運を呼び込むから、面倒見なくちゃって」
結局、狛枝の頭の病気は、奇跡的に回復した。
狛枝が今の状態以上におかしくなる事はないらしい(今も存分におかしいのだが)。
診断に喜んだ狛枝が「嬉しいよ」と叫んだとたんに、全員の頭上に椰子の実が落っこちてきたのは、昔懐かしいコメディ感あふるる光景だった。
そんな狛枝は、なぜか苗木に懐いている。
『苗木クン、ああ、希望のかたまり・・・・・・影を踏んでもいいかな、苗木クン』
『あ、うん、大丈夫だよ。っていうか、その両手を広げた近づき方、怖いんだけど』
クマが人を襲う時はこうかもしれない両手を頭の上にあげた近づき方。
訪問の際には必ずやってくる彼と、苗木は会見する事が多かった。
リーダーの日向よりも多いほどである。
だからだろうか、日向の異変に気づかなかった。
「ボクがもうちょっと気をつけてたら・・・・・・いや、これから頑張ろう日向クンを必ず元に戻してみせるよ」
日向ならぬ日向が首を傾げる。
「貴方は、マコト。超高校級の希望、ですね?」
「え。えーと、そうなのかな・・・・・・超高校級の幸運らしいけど、ま、それも狛枝クンほどじゃないけどね」
「そうですね」
苗木の「大したことない自分」という喋りを、カムクライズルはそのまま肯定する。
「ですが、あなたはツマラナクナイ」
「・・・・・・そ、そうなの?」
「計算式にあてはまらない可能性を感じるからです。それはハジメもそうですが」
「ハジメ・・・・・・あ、日向クンの事?」
「ええ。カムクライズルを覆した。自分の意志で」
淡々とカムクラがほめているのは、もう一人の自分、日向創だ。
自画自賛に思えないのは、姿は日向でも、口調も態度もカムクラだからだった。
「うん。そうだよね、僕も日向クンはすごいと思ってる・・・・・・君がいると日向クンが消えてしまうのは知ってるよね?」
「認識しています」
「だったら・・・・・・日向クンを返してくれる?」
真っ向からの交渉に「それは」とカムクラはいったん言葉を切る。
「貴方はハジメを必要なのでしょうか」
「そうだよ。日向クンは皆のリーダーだしいなくなったら皆心配するよ、僕だって」
「それは、ナギトがいるからいいのではありませんか」
「ナギト・・・・・・凪斗か。あ、狛枝クンの事? 狛枝クンがどうかしたの?」
「ハジメはナギトの行動にフラストレーションとストレスを感じています」
(そうか、日向クンもなんだ・・・・・・)
苗木は唸る。これまで日向に、狛枝と皆の折衝を頼み続けていたのは苗木なわけで、あまりにも彼の負担が大きかったのだと反省する。
もしかすると、そのせいでカムクライズルは、今や、日向を周囲から守る為の精神的存在になっているのかもしれない。
それゆえに苗木が追いつめた結果、彼が出てきたのかもしれない。
「ごめん、日向クンに何もかも任せっぱなしにしちゃったせいだね。でも大丈夫だよ、その、これからはボクがちゃんと狛枝クンの面倒を見るから」
「それは違います」
即座に反論される。
「貴方がハジメに全てを任せたからではありません」
「え、そうなの?」
「ハジメの事をゾンザイに扱ったせいです」
「ぞ、ゾンザイ?」
(適当にってことだろうか?)
「そんなつもりなかったけど、言い訳にしかならないよね。とにかく、日向クンにストレスかけちゃったんだよね? 本当にごめん。これから狛枝クンの面倒はボクが」
「ですから、それは違います。ハジメは貴方にナギトの面倒を見てもらいたいわけではありません」
「そうなの?」
ナギト。ああ、そうか、それは狛枝の下の名前だと思う。
やはり、日向と狛枝は仲がいいのかもしれなかった。
「ハジメは貴方がナギトに集中して自分との関係を構築しない事に腹立たしさを感じている。それだけです」
「あ、そうなんだ・・・・・・ってあれ? 関係を構築しないって、それはボクが日向クンと? そんな事ないと思うんだけど。もしかして狛枝クンに構うなって事?」
「むしろハジメに集中して欲しいという事です」
何となく苗木は気恥ずかしくなってきた。
「ボク、別に日向クンをないがしろにしてるわけじゃなくて、ボクだって、そのむしろ、日向クンと仲良くなりたいと思ってるし・・・・・・」
ごにょごにょと呟いて、それから顔をあげると「苗木?」と、日向に言われる。
それはもう、日向そのものだった。
「あ、あれ、日向クン?」
「ああ・・・・・・どうしたんだ? それに、その、俺は別にないがしろにされてるなんて、思っちゃいないんだが」
「え、でも今カム・・・・・・」
「??? それに俺はどうしてこんなとこにいるんだ? お前は何してんだ?」
「え、えーとそれは・・・・・・」
カムクライズルの事を話すかどうか躊躇ったのは数秒。
伏せておいて、また日向が乗っ取られたら困る。これからは、日向にも自覚して貰った方がいいかもしれない。
「ごめん、日向クン、その、日向クンは、ちょっとの間、カムクライズルになってたんだよ」
「カムクラ、イズル?」
頭の触覚にはてなをつけて、それから、日向は「ああ、そうか、カムクラってあのカムクラか!」という顔になる。
さらに事情を話すと日向の顔がさらに赤くなった。
「そういう話か・・・・・・俺が要するに、その、狛枝をうらやましく思って、お前にやっかいをかけたって事なんだよな?」
「あ、ううん、全然、やっかいなんかじゃ」
「俺はいつも誰かをうらやんでる」
と日向は吐き捨てるように言う。
「希望ヶ峰学園に入りたかったのに、親の金で入ったら、今度は自分にない才能をほしがった」
「ああ、ボクもここに入りたかったから、分かるよ。それに家がお金持ちなら、すごいじゃないか」
しかも十神と違って性格が突拍子もないわけでもない。背も高いし、かっこいいから、日向はきっとモテるだろうなと苗木は思う。
「いや、お前とは違うな。お前は・・・・・・なんか、こう・・・・・・満足する事を知ってるっていうか、こう・・・・・・」
「???」
「お前が俺達を心配してくれて、助けてくれて、それで十分、嬉しかったのにな。手に入ったら、次は、もっともっとって欲しくなったんだろうな。才能ほしさにカムクライズルになって自分を失って、江ノ島盾子に操られて」
「でも日向クンは皆を説得して、江ノ島さんの支配から脱してくれたじゃないか」
超高校級の希望というなら、日向もきっと、そうだ。
「だけど、あの狛枝をうらやましがるなんて、俺は人として間違ってる」
きっと、日向は、空を睨む。
「ひ、日向クン?」
「悪かったな、苗木」
「え、全然悪くないよ。日向クンは。悪いのはボクが日向クンより狛枝クンに構ってたからなんでしょ?」
「いや、それはその・・・・・・忘れてくれ」
と日向は顔を真っ赤にしている。
「カムクラの言った事、あれは、俺じゃないのに。俺は、なんか、何でだろう、思い出せるんだ・・・・・・うわああ、ああああ」
思い出して、やるせなくなったらしく、頭を抱え始めた。
「あ、ご、ごめん、忘れるよ! その、変な事言ってごめんね」
「いや、お前は悪くないだろ。あのカムクラの言った事、繰り返しただけなんだから」
もはや両手で顔を覆ってしまっている日向の発言である。
「俺は・・・・・・俺が・・・・・・ツマラナイ・・・・・・」
(あ、またカムクラくん出てきた)
「またですか、マコト」
「・・・・・・ボクたち、長いつきあいになりそうだね」
しかし、それも悪くないのかもしれない。
人工に作られた人格とはいえ、カムクラが完全に殺されてしまうというのも気の毒な気がしていたからだ。
「マコト、ハジメは、貴方に好意を抱いているようです」
「・・・・・・う、うん、分かったから、やめて・・・・・・」
しかし、カムクラがいる事により、永遠に日向創にストレスが与えられ、カムクラが出現する事になるような気もするのだったーー。
【完】