2の後で合流するんだとしたら こまるちゃんVS狛苗



「こんにちは、苗木クンとはとてもいいおつきあいをさせてもらってます!」

 一昔前の芸能人のような挨拶と、いかがわしいほどに曇りのない笑み。
 片手をあげて、狛枝は苗木の妹に挨拶した。

「こっ、この人も変人なんだ! さすが希望ヶ峰学園!」
「ちょっ、だめだろ、そんな事、言っちゃ!」

 スピーカーごしに大声で騒ぐ妹から、苗木がスピーカを取り上げる。

「それがないと論破の効果が薄れるのに・・・・・・」
「論破しなくていいんだよ! 狛枝クンは敵じゃないから!」

 敵に見えるけど、と苗木はこっそり思う。
 がたいがいい事に加えて、今でも絶望のせいではなく、希望に対する陶酔のせいで、目がかなりイっちゃった事になりがちだ。
 未来機関の新米が、うっかり狛枝を撃ちかける事もある。

「でも、敵だった人なんでしょ。お兄ちゃん、あまーい」
「うっ」

 だいたい兄というのは妹によって論破されがちな生き物である。
 だが、苗木は何とか持ち直した。

「て、敵だった人は永遠に敵なわけじゃないよ?」
「そうかなー。それって甘いと思う。人の本質なんてそう簡単に変わらないんだし」
「ボクらはまだ若いし、狛枝クンは基本的に希望が好きなんだから、大丈夫だよ」
「そうだよ。ボクは希望を愛している。具体的には苗木クンをすっごく愛してる!」
「・・・・・・狛枝クンはもう何も言わない方がいいと思うな」

 何しろ狛枝が一つ発言する度に、苗木の妹の目がどんどん険しくなっていく。

「ボクほど人畜無害な男もいないよ!」
「だけど、この人の能力って、味方にも有害なんでしょ?」
「それをどうして・・・・・・」
「霧切さんから聞いたの!」

 女同士、早速結託しているようだ。

「危ないよ! 何でお兄ちゃん、そんな人と仲良くしてるの?」
「仲良くっていうか、同じ希望を信じて未来機関で働く同士として」
「他の人を同士にしたらいいじゃない」
「うーん、もっともだね!」

 狛枝はうんうんと頷いている。
 こういう時に、決して反駁しないのが狛枝だ。
 自分を卑下する事にかけては第一人者だ。

「ボクみたいなゴミくずが苗木クンと仲良くするなんて不遜にもほどがあるよね! 大丈夫! だからボクは苗木クンのことを遠くから見つめたり、こっそり捨てられた持ち物をゴミ箱から漁ったり、苗木クンに声をかけられたらボクなんかって言うようにしているから!」
「こ、狛枝クン・・・・・・」

 その方がよっぽど迷惑なんだけど?
 と苗木は言いたいが言わない。少なくとも今この場でいえば、こまるの狛枝に対する心証が悪くなるばかりだ。

「お兄ちゃん! この人、変態だよ!」
「だからスピーカはだめだってば!」

 訴えを大声で叫びたいらしく、苗木からスピーカを取り返そうとする。

「だって、私はかよわい女子だもん! お兄ちゃんみたいな才能もないし! 才能のない人間は声をあげるしかないんだよ!」
「ボクだって才能なんてないけど・・・・・・ひかえめに生きても不運に巻き込まれる時は巻き込まれるんだから、あんまり目立つのはどうかなあ・・・・・・」
「兄妹でずいぶんと処世術が違うものだねえ」

 何かに納得したように、狛枝は頷く。

「いい兄妹だね」
「ほめたって、お兄ちゃんには近づかせませんよ!」

 ふーっと毛を逆立てた猫のような声を出す。

「あはは、厳しいなあ」

 と狛枝は意に介していない。

「でもボクは苗木クンが大好きだよ。苗木クンの害になるようなことはしないつもりなんだけどなあ」
「狛枝さんみたいな人が、お兄ちゃんを好きってだけで危険です!」
「それはもっともかな」
「狛枝クン、あんまり、こまるを煽らないでくれる?」

 苗木は狛枝の腕を引っ張って耳元で囁く。
 ボルテージをあげていくこまるに、苗木はひやひやしている。
 それと同時に狛枝が他人を怒らせてしまう様はなるほどこのようなものかと、納得してもいた。
 狛枝は相手を否定しない。
 狛枝は誰かを非難しない。
 だが、自分の意志はどこまでも通す。この場合は、苗木に近づく自分を否定されても、どこまでも近づく気でいるというところ。
(まあ・・・・・・近づかないっていわれたら言われたで寂しいかもしれないけど)

「だって苗木クンは苗木クンの意志で動くでしょ?」
「うん、そうだけど、でも、こまるが怒ると怖いんだよ。後で宥めるのボクだし」
「へえ・・・・・・いいなあ、苗木クンにそんなに気にかけて貰えるなんて!」
「いや、そうじゃなくて・・・・・・」
「お兄ちゃん、変な人とこそこそしない!」

 びしっと叱られる。どちらが年上か、分からない。
 
「苗木クンの妹に気に入って貰うにはどうすればいいのかな?」
「難しい事言うなあ・・・・・・こまるは、こっちが困るくらい、判断をいったん下すと変えてくれないからなあ」

 苗木はすまなそうな目で、狛枝を見る。

「ごめんね、なんか」
「いやいいよ。やっぱりボクたち、絶望にいちど堕ちた人間を怖がるのは当然だよ。苗木クンたちよりも、外の世界にいた一般人の妹さんは、絶望たちの所業をよく知っているんだろうね」
「あ・・・・・・そうか」

 もちろん希望ヶ峰の内側にいても情報は入ってきたが、それでも、希望ヶ峰という檻に守られてもいたのだ。部外者は当然入れなかったから、警戒するのは、中にいる絶望だけだった。

「そうだよ。お兄ちゃんがいない間、大変だったんだから!」
「ご、ごめん・・・・・・」
「謝らなくても。苗木クンがいたからっていって、何ができたわけでもないんじゃないかな? まあ、気持ちはだいぶ癒されたかもしれないけど」

(なるほど、狛枝クンは言わなくていいような事をがんがん口にするんだな・・・・・・)
 確かに苗木は戦闘能力には自信がない。
 さらに、超高校級の不運というなくてもいいスペックはある。
 役に立つかと聞かれたら、苗木自身、微妙と言わざるを得ない。

「ちょっと。お兄ちゃんを馬鹿にしないでくれますか?」

 ますます、こまるの心証は最悪になったようだ。
 むっとしたように眉をあげる。

「ごめんごめん、馬鹿にしたつもりはないんだ。ボクみたいなクズが苗木クンを馬鹿にできるはずないじゃないか」
「どんなクズだって人を批判する事はできるでしょ」
「ちょっ、ちょっと・・・・・・こまる! 狛枝クンも、あんまり、こまるを刺激するよーな事を言わないで」
「あはは、だって、苗木クン、ボクが自分をクズだって認めるといちいち否定してきてくれるでしょ? ボクを気遣ってくれてるの、嬉しいんだよね」
「そりゃそ・・・・・・え、わざとやってるの?」
「それは違うな。ボクは自分を完全にクズだと思ってるよ」
「どっちでもクズには変わりないんじゃない!」
「こまるっ」
「まあまあまあ」

 原因が両腕を広げて兄妹を仲裁する。

「それにさあ、そんな事、言ってたら、ボクらと共同戦線を張るのが難しくなってきちゃうよ、こまるちゃん」
「張りません!」
「でも、ボクらもう未来機関に寝返っているし。ボクと同学年の皆は、絶望で絶望的な行為をした人ばかりだよ。それでも苗木クンは彼らを率いていかなきゃ、ならない」
「そうなの、お兄ちゃん?」
「え、ボクが率いるっていうよりは、その、皆でうまくやってこうねって感じなだけだけど、まあ・・・・・・」

 何しろ苗木の周囲のキャラが濃い。
 苗木以外にリーダーシップをとれるのは霧切だろうが、霧切がそれを望んでいない。

「自分の親を殺した絶望、大事な物を売り渡した絶望、そんな危ない連中の中でいうなら、ボクみたいなゴミクズだって危険じゃない方に入れるよね!!」
「こ、狛枝クン、それ、皆に言わないでね、絶対にやめてよね!」
「うん苗木クンのお願いなら喜んで!!」

 いつも返事だけはいい狛枝だ。
 ちらっと妹の方を見れば、メガホンを握りしめて固い表情だ。

「そんな危ない人たちばっかりなの・・・・・・?」
「いや、大丈夫。もう皆、改心してるからさ」
「そんなの信用できないよ! お兄ちゃんメンタル強すぎておかしいよ!」
「そういうわけじゃないんだけどな・・・・・・」

 絶望から回復した皆を信じられるわけは、皆が絶望に堕落する前の姿を、仮想空間で見れたからだ。
 彼らは希望ヶ峰学園の生徒らしく、一芸に秀でて陽気だった。
 彼らがモノクマに立ち向かう様を見ていれば、きっとこまるだって肩入れするだろうと思う苗木なのだった。

「だからっていって、お兄ちゃんの元々のクラスメートの男子二人ともなんか変だしね・・・・・・」

 一刀両断される十神と葉隠。

「そんな言い方しないでよ、ボクの友達だよ」

 変というところは否定しない。

「だいたい、希望ヶ峰の生徒は、皆、少しずつ変なんだよ。人よりも飛び抜けてる物がある分、それはしょうがないんじゃないかな」
「それが全部お兄ちゃんの同僚なんだとしたら、なじむの大変そう」
「大丈夫だよ。ジェノサイダーと行動できたら、後は楽勝だよ!」

 暗い顔になった妹をフォローしている苗木だが、それは同時に仲間へのディスりにもなっていた。
 もちろん狛枝は気にしないが。

「苗木クンを保護する会とか作るなら、ボクも会員に入るよ?」
「しゃーっ!!」

 とうとう、こまるが会話を放棄した。
 笑顔のままの狛枝に、威嚇の奇声をあげている。
 
「おい、何してるんだ、狛枝・・・・・・ってか、こいつ誰だ?」
「合流した苗木クンの妹の、苗木こまるさんだよ」
「あ、お兄さんにはお世話になってます、よろしく」
「この人は?」
「ああ、日向クンって言って・・・・・・」
「予備学科だよ」

 一言で紹介をエンドさせる狛枝である。言われた日向の触覚が、ややしおれる。
 が、拳を握って持ち直すあたり、日向もだいぶ鍛えられている。

「予備学科って?」
「えーと、ボクらみたいな普通の人って事」
「なら、日向さんとお友達になったらいいんじゃない?」
「「「えっ」」」

 驚きの声が三重にはもった。

「そうだよ! この人、まともそうだもん!」

 こまるは非常に乗り気である。

「やだなあ、ボクだってまともだよ。超高校級の希望には好意をもつこと、やぶさかじゃないよ」

 少しばかり、狛枝の声に焦りが混ざっている。こまる相手だというのに見下げるようなポーズなのは、やはり才能重視で、苗木の妹だというだけで敬意を払っていた本心が出たに違いなかった。

「いくら才能があったって、まともじゃない人より、こういう人の方がいいに決まってるじゃない!」
「それは君が希望を理解していないからだよ。ボクを認めないのはいいけど、苗木クンに日向クン風情を勧めるなんて、それは違うよ」
「ふ、2人とも落ち着いて」
「俺をさりげなく批判するな、狛枝」

 収集がつかなくなりかけた一幕に援軍が現れたのはその時だった。

「まあまあ、そうだべ。狛枝っちはそんなに悪い奴じゃないべ」
「十神の名にかけて、勧めておこう」
「え、葉隠クンに十神クン? 何で?」

 しかも彼らだけではない。かつての絶望の面々が「狛枝はそんなに悪くねえだろ」「そうですよ狛枝さんはそれほど悪くないですわ」「保証するっすよ!」などと声をかけて集ってきたのだ。

「やあ、みんな、ボクの苗木クンへの想いを分かってくれたんだね! この幸運の代わりにどんな不運がくるんだろう!」

 にこやかな狛枝。
 その狛枝を支援する皆。
 苗木は(あ、これ夢オチかな?)と思った。
 しかし、違った。

「狛枝が認められるようなら、俺たちも認められるだろう」
「そうだべ。狛枝っちがありなら、俺らも余裕でありだべ」

 さっき苗木がジェノサイダーについて思ったのと同じような事を言っている。

「私たちがこまるちゃんに否定されて、苗木クンが動きづらくなると、未来機関の中で動きづらくなるから」
「霧切さんは大丈夫だと思うけど……」

 全員の説得でも、こまるの狛枝に対する正しい警戒心は払拭できなかった。
 が、狛枝のおかげで、他の人間に対する目が甘くなったのは確かなようでもある。

【完】