女子×苗木クン(セレ苗など)




 どうやら苗木はBランクの執事になれる男だ。
 いつでも頭の中で人にランキングをつけるセレスは、にこにこしている。
 だいたいの人間は彼女の中でCランクにもなれないのだ。
 Bランクになれたのは苗木だけである。
 検討します、と言ったが本当はもうBランクなのだ。
 しかし、だからといって苗木だけで我慢するつもりはなく、彼女の当初の夢、西洋の城で大勢のイケメン執事にかしづかれて暮らす退廃的な日常を放棄するつもりもない。
 そして、そのための全ては苗木にやらせる気である。

「じゃあ、セレスさん、どこに行くか皆で相談するね」
「皆? 皆って何ですの?」
「ほら」

 と苗木が手を広げた先に、十神と江ノ島と腐川が立っている。

「苗木クン・・・・・・私は苗木クンをBランクと認めましたが、皆さんを認めたわけではないのですよ。何を考えてらっしゃるのですか?」

 目を見開いているのは脅す時のくせである。
 苗木だって自分と二人きりの方が嬉しいはずだとセレスは思っていた。 

「勘違いするな。苗木は俺の使用人だからな。十神はどこにいても再建できる」
「できるできないではなくて、ついてくるなと言いたいのですわ」
 
 というか、しっかり言っている。
 言われても、十神は腕を組んで平気な顔をしている。
 まあまあと苗木は割り込んだ。苗木に悪意はみじんもない。

「だけどセレスさんの言うイケメン執事の条件に十神クンなら当てはまるでしょ?」
「こんなに態度のでかい執事は嫌なんだよ!」

 怒るとヤンキー的な喋りになるセレスである。
 
「だいたい、他の二人は女じゃねえか!」
「ど・・・・・・怒鳴らないでよ・・・・・・私は苗木についてきてるだけなんだから・・・・・・私だってねえ、西洋の城だか何だか行きたくないわよ・・・・・・だけど苗木が行くっていうから、まあ、しょうがないわよね・・・・・・」

 セレスの眉がくもった。言葉もくもった。

「はあ? てめえが好きなのは十神だろ?」
「そ・・・・・・それはもう過去の事よ・・・・・・。そんな事もあったかなってくらいの話よ・・・・・・だいたい、ちょっと気になってただけだし・・・・・・」

 女性にありがちな「過去のうまくいかなかった恋愛は、ちょっと気になっていただけ改変」が、腐川の中でも始まっている。
 この調子なら、そのうち、十神を好きになっていた記憶自体消えるだろう。
 外見こそ地味だが、リアルに恋愛体質の腐川は、見た目に反して女子力が高いのだった。

「何をおっしゃってるんですの?」

 セレスは、見た目のゴスロリ通りに恋愛女子力が弱いので、変わり身の早さについていけない。何が起きているのかも分からなくなる。
 いうなれば向こうはスーパーサイヤ人、セレスはクリリンといったところだ。

「十神クンはそれでいいんですの?」
「いいも何も俺は苗木が生まれてきた理由が、このおぞましい生き物から俺を守るためだった、と信じかけているところだ」

 目が本気なら心も本気で言っている十神だ。

「もちろん、使用人である苗木が心配ではあるがな。あいつなら、何とかなるだろう」
「何とかって、無責任ですわよ!」
「・・・・・・あ、あんたこそ何なのよ。人の彼氏に指図しないでよ、ぎ、ぎいいい」

 人差し指をつきつけてくる腐川に、セレスは胸がちくりと痛くなる。
 彼氏。なんかであるはずがない。

「彼氏? つきあっているわけではないのでしょう?」
「いずれそうなるつもりよ!」

 セレスは安堵した。にっこりと可愛らしく笑う。

「でしたら、仕事の妨げになりますから、あなたにはついてきて頂きたくありませんわ」
「あ、あの・・・・・・」

 二人の喧嘩を止めたのは、江ノ島だった。
 江ノ島の姿がいつの間にか金髪から黒髪になっている。髪の毛は短く、服もシンプルな制服に変わっている。
 盛りすぎとかそういうレベルではなく、とことん別人だ。

「私・・・・・・執事になれるかも・・・・・・苗木君の助けになれるなら・・・・・・それが私の夢、なのかも・・・・・・」
「よかったね、戦刃さん! セレスさん!」
「いや、そうじゃねえだろ! よくねえから! 少しもよくねえから!」

 苗木は何か大きな勘違いをしている気がする。
 いや、執事が増えているのはいいが、一人は「それで十神財閥にふさわしい城とはどのようなものだ?」と喧嘩ごしの喋りを崩さないし、もう一人は物腰だけなら執事というよりボディガードっぽいが女子である。その江ノ島が苗木と距離が近いのも気にかかる。

「あ、あと私江ノ島じゃなくて、戦刃っていうの・・・・・・」
「ちょっとあんた! 何か・・・・・・人の彼氏と距離が近くない? あ、あれでしょ・・・・・・、じ、実は苗木の事を好きなんでしょ? それで、そのうち苗木を取ってくんでしょ・・・・・・だ、だめよ、なんか分かるわ、分かるんだから! 私は空気は読めないけど、人間関係の機微みたいなのは、常にぽつんと端から見てるから、よく分かるのよ!」

 悲しい事実を叫ぶ。

「そ、そう、なのかな・・・・・・? 分からない。でも苗木クンといると、胸がざわざわして・・・・・・今までにないような気持ちになったり・・・・・・するけど・・・・・・」
「え、ええっ、そうなの?」

 斜め下を向いて考え始める江ノ島改め戦刃に、苗木は、どぎまぎしてしまう。

「ぎいいいい!! 何で苗木も、ときめいているわけ? ちょっと! 忘れてないわよ! 私の小説を読んで、やがて友達以上になってくれるんでしょ?」
「え、う、うん・・・・・・」
「裏切ったら・・・・・・へくちょっ! あーららのらー!! 出現!!」

 腐川がジェノサイダーに変化した。
 二人は同じ記憶を共有しない。
 であるからして、もしかしたら、ジェノサイダーは、まだ十神が好きかもしれない。
 十神もそう思ったのか、後ずさっている。

「はいはいはーい! こっちもね、まあ、だいたいの事はあいつの日記で知ったわけ。それで正直、受けとしてはまこみちも大いにありなわけよ。殺れる男なわけよ」

 ひょいと肩をすくめるジェノサイダー。

「ってわけで、あたしも、まこみちと青春する事にしましたー!!」

 うへへと嫌な感じの涎を流す。
 後ろで十神がほっと胸をなで下ろしている。

「でもさあ、うっかり殺しちゃったら許してね、ダーリン!」

 はさみがぎらりと光り、苗木が「うっかりの範囲を超えてるよ!」と、こんな時なのにツッコミを入れる。
 そこで、苗木の前に立ちふさがったのが、戦刃だ。

「・・・・・・殺させない。私の方が強い」
「い、戦刃さん?」
「私は超高校級の軍人、だから」
「え、ええっギャルじゃないの?」
「それは、盾子ちゃんの方・・・・・・私は違うの・・・・・・」
「どおりで、時々変だと思ってましたわ」
「ってか、お前ら、何なわけ? もしかして恋敵? 女は殺らない主義だから、そこどいてろっての」
「どかない。私、苗木クンを守るから、ついてく」

 と、ここで戦刃も自分の存在価値を見いだした。

「た、確かにジェノサイダーの事を忘れてたから・・・・・・戦刃さんがいてくれると助かるかも・・・・・・」
「苗木クンは何を言ってるんですの!?」
「だってさ、実際、人がいた方が助かるよ。外が荒れ地みたいになっちゃってる今は・・・・・・」
「そ、そうですけど」
 
 外のすさまじい惨状は出てすぐに気づいた。
 しかし、これなら空いている城の一個や二個あるのではないかと、希望を抱いた。セレスも苗木と負けず劣らず前向き加減である。

「待て、お前たち。苗木が気の毒だろう」
「あら」
「お前たち三人で城を探し、苗木は俺と十神の復興をすればいいだろう」
「少し感心した私が馬鹿だったじゃねえか! このアホ男!!」

 中指をたてるセレスに苗木は「まあまあ」と宥めてくる。
 セレスは全ての責任は苗木にあると思った。

「だいたい、苗木クン、あなたは私のBランクになるという事を軽く考えすぎなのですわ。もっと喜び、敬意を払い、他の人間を城に入れるなど・・・・・・!」
「えと、だって城にイケメン執事を集めるんじゃないの? 他の人間を城に入れないと」
「そ、それはそうですけど・・・・・・」

 確かに変だ。自分の考えがムジュンしている。
 セレスの夢の城にはイケメン執事が山ほどいるはずなのだ。それなのに、今想像したら執事の格好をした苗木しか思い浮かばなかった。

「もしかして、それが不満でこんな事をしたんですの? 分かりましたわ。苗木クンの働き次第によっては、苗木クンを執事頭にして他の執事たちと、差を付ける事にいたしましょう」
「いずれにしろ、人は必要だよね」
「俺はもう荷物を、まとめてあるぞ。外に物資がないようだしな」
「流さないで頂けます?」

 ところでこの会話の間、戦刃とジェノサイダーは熾烈な戦いを繰り広げている。
 女性というよりは人間離れした動きではさみと銃剣が火花を散らす。

「ってか、撃ってこねえのは、何よ手加減? 武士道萌えなわけえ?」
「苗木クンの友達は・・・・・・撃たない」
「友達じゃねえの! ラバーよ!!」
「ごめん・・・・・・これ」

 ぱっと戦刃が片手で、床の上にあった埃の固まりをジェノサイダーに向けて投げつける。

「!! くちょっ!!」

 たまらずジェノサイダーがくしゃみをし、腐川に戻る。
 セレスは、彼女の方がまだしも、言葉が通じるのではないかと思った。
 何しろ先例がある。
 さきほど十神のことを忘れてくれたように、苗木のことを忘れてくれればいい。
 
「腐川さん、苗木クンはひどい人ですわ。あなたという恋人になるかもしれない相手がいながら、それを放っておいて、私の執事という得難い仕事に従事する・・・・・・、腐川さんならもっといい相手を見つけられるんじゃありませんかしら?」
「ふ、ふん・・・・・・それは、いいのよ・・・・・・しょ、正直、明治時代から文豪は妻妾同居の家もあったわけだし・・・・・・ひどいめにあった方が・・・・・・小説はおもしろくなるってものよぉ・・・・・・」
「え、いいんですの?」

 そうだった。腐川は十神に虐げられても好きの姿勢を崩さない女だった。
 いったん好きになると次の標的が出るまでダメなのだ。

「そ、それに、あんたは、他にも執事がいた方がいいんでしょ? だったら苗木にかまう暇だってなくなるだろうし・・・・・・」
「言っておくが俺は執事にはならないぞ。俺が執事を捜してきてやってもいいが・・・・・・確か、知り合いのところで働いている有能な奴がいたな。まだこの世界で生きていればだが」
「傭兵なら心当たりがあるんだけど・・・・・・」

 全員の意識が違いすぎて、セレスは頭がくらくらしてきた。

「大丈夫、セレスさん?」
「・・・・・・こんなに、人々についてきてほしくない私がおかしいのでしょうかという気持ちになりかけました・・・・・・心が弱っている証拠ですわ・・・・・・」
「大丈夫だよ、ボクもいるから」
「てめえがいるから、こうなってんだろうがよ!!」
「えっ、ご、ごめん・・・・・・」
「そうですわ、自覚して下さいませ。あなたは私のBランクなのですから」
「もしかして、ボク、首?」
「違いますわ!」

 速攻で誰かに浚われそうなので、セレスは急いで否定する。
 すでに十神が「十神財閥で」と何か言い掛けている。
 ちなみに、数ヶ月後のセレスが手に入れた夢の城には、苗木によって、白色のふわふわした髪の毛の背の高い人間と、無口な髪の毛の長い人間が追加される事になるが、やはりセレスは嬉しくなかった。


【完】