この世界では普通の事です(女子×苗木&狛苗)





 最近、仲良くなった戦刃が「苗木クン、これ」と四角く折り畳まれた黒いものを差し出してきたので、苗木は、ハンカチかなと思った。
 違った。
 パンツだった。
 大文字で書きたいほどにどうしようもなくパンツだった。
 とっさに考えたのは(戦刃さん何か間違えたんだな)という事。
 戦刃は、超高校級の軍人なのだが、それとは別に色々とへまをやらかす女子なのでもある。妹は彼女を残姉と評している。超高校級のオタクの山田はどじっこ属性と評している。
(どうしよう。どうフォローすれば彼女に恥をかかせないですむんだろう?)
 色々考えて、混乱しか頭に残らない。
 こんな場合に女子をフォローする情報なんて、さとり世代の苗木もさすがにネットから学んだ事がなかった。
 とにかく頭を下げる事にする。
 謝るが勝ち。

「あ、あの、戦刃さん、ごめん! これパンツだと思うんだけど」
「う、うん。あの、苗木クンのパンツは?」
「え、ボクのパンツ? パンツがどうかしたの?」
「あ・・・・・・ご、ごめんね。貰えるかと思って・・・・・・図々しかった・・・・・・?」
「あ。いやいや、そんな事ないよ!」

 そんな事あるのかないのか、訳が分からない。
 だが青ざめた戦刃をフォローはしたい。

「え、ええと、ごめん用意してなくて!」
「ううん・・・・・・私が急に渡したからいけないんだし」

 どうも戦刃の中ではパンツを渡すというのは恥ずかしい事でも何でもなく、予定通りの事のようだった。
 しかも苗木からパンツを貰うところまで予定されているらしい。
 それを断る言葉を持たないまま「今度渡すよ」と苗木はとんでもない約束までかわしてしまった。

「どうしよう・・・・・・」

 その後、頭を抱えた。
 空き教室に呼び出された時、苗木は何かの相談かな、と思ったのだ。まさか、パンツを渡されるとは思わなかった。
 さらにパンツを要求されるとも思わなかった。

「パンツの予備、あったかな・・・・・・」

 苗木もおかしいので、悩み方も変に前向きだった。
 廊下を歩く背中を呼び止められた。

「苗木クン!」
「あ、あれ、舞園さん、どうしたの?」
「あの・・・・・・たまたま通りかかって立ち聞きしてしまったんです。戦刃さんにパンツを貰ってませんでしたか?」
「え、う、うん、貰ったんだけど、それって女子の間で流行してるの?」
「知らないんですか?!」

 驚かれて、苗木も驚いた。
 自分が流行に疎いなんて思わなかった。
 苗木は何につけても平均的な少年なのだ。
 しかし、この希望ヶ峰に入るに当たって、色々準備に手間をかけてしまって、確かにネットからもテレビからも離れた時期がある。

「今の世代の交流の証はパンツですよ! プリクラみたいなもの! なんといってもパンツですよ! とりあえず知り合ったら友達の友達とも、その日のうちにパンツなんて感じの子もたくさんいますよ!」

 パンツパンツと連呼するアイドルはどうなのだろう。
 と思ったが、軽い友情の証だというなら、アイドルが口にするにふさわしい言葉なのかもしれなかった。

「そ、そうだったんだ・・・・・・悪い事しちゃったな。今度からパンツを用意しておかないと」
「そうですよ。苗木クンは人気者なんですから」
「いやそんな事ないと思うよ」

 現に今までパンツの習慣を知らなかったくらいだ。

「私も苗木クンにパンツ貰ってもらえますか?」
「え?! え、そ、それはその・・・・・・」
「だめですか?」
「いや、だめじゃないけど・・・・・・その、ボク、お返しの予備のパンツがなくて・・・・・・」
「そうですよね。購買部でもパンツの扱いがなくて・・・・・・あれ、本当に困りますよね」

 たった今まで困っていなかったが、これから友達づきあいに必要になると分かれば、まるでスマホをなくしたように困る。
 困る困ると考えていると妹を思いだした。
(教えておいてくれたらよかったのに、この流行)

「次の休みに買い出しに行けばいいですよ! 苗木クンとパンツ交換したい人はたくあんいますから!」
「え、えー・・・・・・」

 しかし、舞園がここまで言うのだから、本当に必要なものなのだろう。
 ネットで調べるとものすごい数のパンツに対する掲示板があり、くらくらした苗木はそうそうに調べるのをやめたが「がんばろう」と思った。 
 翌週には、学園から出て、デパートにパンツを買いに行った。
 パンツ売場は苗木の知っているパンツ売場ではなかった。
 友達と交換する用におすすめ! とか。
 気になるあの子との交換にはこれ一択! とか。
 男の見せパン。彼女に渡すにはこれしかない! とか。
 苗木の世界観を、根幹から揺るがすポップがいくつも見受けられた。

「知らなかった・・・・・・ボクってやばいな。念のため、多めに買っておかないと!」

 苗木は世界観が変換しても、すぐに順応する今時の少年だった。
 ここで「何で?!」なんて叫んだりしない。
 別にパンツを交換したところで人が死ぬわけではない。
 それに、交換できるパンツがないより、あった方がいいだろう。
 多いかと思ったがクラスの人数分、購入した。それから考えてさらに予備も買った。
 別の学年と交流する事もあるかもしれない。

「ちょっと、苗木、パンツ始めたってほんとー?」
「江ノ島さん・・・・・・まるで今までボクがノーパンみたいな言い方やめてよ」
「けどさ、遅くね? マジ情弱じゃね? まーいーけど。私とも交換しよーよ。パンツパンツ!」
「え、う、うん・・・・・・」

 江ノ島の背後では、戦刃が席に座ったまま、苗木から貰ったパンツを広げている。
 できれば素早くしまってほしいのだが、無表情ながら戦刃が嬉しそうなので、何も言えない苗木だった。

「苗木クン! その前に私ですよね! はいパンツ!」
「うっわ、舞園肉食系〜。ちょっと残姉、がんばんなよー。何でこういうとこで、ぼーっとしてっかなー」
「・・・・・・(トリップ中)」
「あ、ありがとう舞園さん・・・・・・」

 苗木はたくさんの女子のパンツを手に入れた。
 手に入れたがどうすればいいのかは、分からなかった。
 江ノ島が「プリクラ帳」とともに「パンツ帳」を見せてくれたが、調子に乗りすぎちゃった新婚さんのハネムーンアルバムみたいな分厚いそれを自分が作れるとは思わなかった。
 それでも「今時の基本だよ?」と言われると、やっておいた方がいいのかなという気にもなる。

「しかし苗木殿はモテますな。女子とパンツ交換なんて、した事ありませんぞ」
「そりゃお前はそーだろーよ。てか、俺が断られたのは何でだよ!」
「下心がでているからではありませんかな?」
「うっせえ! あーもー、しょうがねえ、しょぼいけど、男子同士で交換するか!」

 ぶっと苗木は吹き出しそうになる。
 しかし、このクラスでは、普通の男子に近い(かなり女好きだがそれ以外は)精神性の桑田が言うのだ。
 パンツは本当にプリクラみたいなものなのだろう。

「い、いいねぇ・・・・・・ボクも今そう思ってたとこぉ・・・・・・皆で交換しようよ。うちのクラス、男子も仲いいしねぇ・・・・・・」

 女子にしか見えない不二咲が微笑んで、場を和ませる。
 かくて苗木の手元には、ぞろぞろと男子のパンツも集まった。

「いいな! まさに友情の証といっていいだろう! ただ、やはり異性のパンツを持つのは風紀にもとるのではないかと思うのだが・・・・・・」

 実はボクも少し、そう思うよ、と思ったが、せっかく交換を申し出てくれた女子の手前、苗木はそうは言えない。

「正直、流行の序盤には、こんなものは許し難いのではないかと思ったのだが・・・・・・友情を深めるのであれば悪いものでもあるまい!」
「おう!! バリバリだぜ!!」
「でも、誰が流行させたんだろう?」

 その答え合わせは次の休み時間に江ノ島が苗木を呼び止めて教えてくれた。

「えーっ、江ノ島さんが流行させたの?」
「そう! 私が色々なものを分析してマスコミも使って流行させたの!」
「・・・・・・そうだったんだ。ちょっとどうかなって思うところもあるけど、まあおもしろいよね・・・・・・なんか、「くだらん」とか言いながら一番よこしそうもない十神クンまで交換してくれたし・・・・・・」
「ま、それは苗木だからでしょ。苗木としかパンツ交換してない奴、けっこういるしね」
「え、そうなの?」
「けどさ、もっと、やーな感じになるはずだったのよね。パンツ交換とかいってさ、え、やだ、やらないみたいな奴が出てきて、あんたらの友情にひびが入る。なのにさ、あんたたちって簡単に妥協して流行に乗せられて〜あああ、退屈〜絶望的なほどに退屈だわ〜」
「このすごいブームを仕掛けておいて?」
「そうだ! この次はこういうブームはどうよ? パンツもいろいろあるでしょ! 持ちパンなしで、使用済みのを渡しあえる相手こそ信頼しあってるっていう……」
「恐ろしい事思いつくんだね、絶対にない! それはないよ!!」
「そう言われるとますます流行させたくなってくるわ! ああああああ」

 何やら艶めかしい叫び声をあげて、江ノ島は自分の身体を抱きしめて震えはじめる。

「いや、流行しないと思う」
 
 苗木はきっぱりと言い切った。
 そんなものが流行するようであれば世界も末だ。
 このブームの仕掛け人が分かってもあまり嬉しくもない。
 恐ろしい事をするものだと思った。


 ところが、恐ろしい事に、流行するものは流行してしまうのである。
 それからしばらくして、使用済パンツを渡す事こそうちらのガチな友情みたいな、超高校級に愚かしい風潮が流れるようになった。 
 今回、苗木は珍しく流行に乗らなかった。
 いや、乗れなかった。
 今回に限っては、流行の舞台裏を見てしまっているので、異常なお祭り騒ぎに踊る事ができなかったのである。
 自分が乗れないので、戦刃はじめ、クラスの皆を「使用したパンツを交換するとかどう考えてもおかしいだろ!」と論破した。
 さもないと使用済みのパンツに埋もれてしまうからだ。
 全員、つきものが落ちたように「そういえばそうかも」という態度になってくれて苗木はほっとした。

「なによ〜。つまらない真似してくれちゃってるじゃない、苗木のくせに」
「江ノ島さん……こんな事は間違ってる! パンツっていうのはもっとこう公けじゃないものなんだよ!」

 皆を論破した言葉を持ち出す。
 ジェノサイダーは「ああっ、分かるわ! その表舞台は厭って気持ち! 腐女子みたいなものよね」と身をくねくねさせていた。

「はぁ? 何それ。わけわかんない。公けじゃないかどうかなんて誰が決めるの?! だいたいさ、そういう隠蔽体質だからこそ、これまでパンツを三日間はいたままとか、古いパンツを使い続けるとか、そういうパンツ力の低い人たちが現れたわけでしょ? それを是正したげてるんだよ?」
「そこ別に是正しなくてもいいし! パンツ力って何?!」
「ふふーん、そんな事言うんだあ。えっちなきもちになったり喜んだりしないわけ? この草食系め!」
「これだけ見せパンとかルール作られたら、喜びもくそもないよ!!」

 正直、パンツを持ってきてきゃっきゃしている女子達は苗木の目にはものすごく強く映る。

「ふーん。そっか。見せられるとドン引きとか、どんだけ腰砕けなんですか? だったら、がつがつ肉食系の相手を紹介するけど?!」

 江ノ島が片手を広げると「こんにちはー!」と白髪をふわふわさせた背の高い美丈夫が登場した。

「こんにちは君が苗木クンだね! ボクは狛枝凪斗っていうんだけど。ああ、君が江ノ島さんと対決してるっていう……希望! 希望!!」
「こ、こんにちは。テンション高いね……」
「ああああ、希望希望〜。希望のパンツ!」
「うわあああああ、何この人! ちょっ、江ノ島さん?!」 

 抱きつかれて、苗木はぎょっとしたのだが、江ノ島はいつになくぶりぶりとしている。

「ねー、きもいよねー。そいつったら、苗木にお熱なんだー。ひゅうひゅう!」
「ひゅうひゅうじゃないよ! はがしてよ!! うわっ、顔、近い! 顔!!」
「君のおかげで江ノ島さんが絶望的計画をとりやめて、変な方向に行っている……すごいよ苗木クン……ありがとう……」
「え?」

 囁かれた一言の意味をはかるにはそれからだいぶ時間がかかる。
 それよりも、彼が熱心に使用済みパンツを渡そうとしてくる事を論破するのが、緊急の課題であった。


【完】