狛枝と苗木クンとセレスさんと学園長の勝負の奴(苗木受)
霧切仁。
彼は今、人生でも、もっとも難しい勝負のただなかにあった。
何気なく、学園の生徒たちとの麻雀勝負に混ざったのがいけなかった。
メンバーが物凄い。超高校級のギャンブラーが1人、超高校級の幸運が2人。
「すみません、学園長メンバーがたりなくて」と、いかにも頭の触覚じみた髪の毛以外は普通の少年に見える苗木誠が申し出てきたのだが、断るべきだった。
無害そうな外見に騙されてしまった。
とにかく強い。周囲が強すぎる。
「私と勝負して下さる方なんてなかなかいませんの。今となっては名前が知れ渡りすぎてしまうのも窮屈な事ですわ……」
くるくると、毎日の手入れが大変そうなドリル状態のツインテールをもてあそびながら、セレスは発言する。
彼女は、この勝負に勝利したら、霧切仁から50万、狛枝から1000万、苗木から1万、せしめる事になっている。
それぞれの経済状況に応じて掛け金を考えたそうだ。
慈悲ではなく、確実にむしりとろうとする意志が感じられる。
「私の夢の実現に向けて、もっと勝負をしなければいけないのに」
「セレスさんの夢って、西洋のお城で吸血鬼コスプレしたイケメン執事の人達を従えて生きる事なんだよね?」
「ええ、そうですわ」
「でもさ、それって執事の人が年をとったらどうするの? それはバイトなの? 誰かがチーフとかになるの? 何才くらいの人を雇うの?」
「……」
今、セレスは、はっと気付いたような顔をしている。
どうも計算高い部分と、まったく計算しない部分が彼女の中で同居しているようだ。
「ふ、ふふふ、私を動揺させて、勝負に勝つおつもりですか? なかなかやりますわね」
「いや、そうじゃなくて純粋な疑問だったんだけど。ごめん……」
苗木は頭でも下げそうな風情だ。
「学園長もすみません、こんな勝負に巻き込んじゃって」
「いや、いいさ」
家に置いてきた娘にいいところを見せたくてこの勝負に挑んだという側面もある。
しかし、当の娘は「苗木クン、がんばりなさい!」と後ろで苗木を応援している。
その隣に、超高校級のアイドルもいて「苗木クン、応援してますよ!」とこれまた苗木を応援している。
そして、先ほどから苗木をじいっと見つめている超高校級の軍人の視線も感じる。
娘の恋路はなかなか厳しそうだと思う。
ぱっと見大したことなさそうな苗木だが口が重くもなく、言葉に考えなしなところがあるわけでもなく、どんな相手にも平等に接するし、前向きな発言ばかりだ。
それに普通の外見が加わると、いまどき、モテ男子のできあがりなのだろう。
だが、苗木はライトノベルの主人公よろしく向けられている好意に気付いていないようにも見える。
「こんなゴミクズみたいなボクと勝負してくれるなんて、本当に嬉しいよ……」
一方、常に楽しそうなのが、狛枝だ。
これまた強い。べらぼうに強い。
何しろ評議員を唸らせるほどの超高校級の幸運で、くせのあるトリックスター的性格の持ち主だ。
「こんな幸運がくるなんて……ここに連座している皆が死んだりしないといいんだけど、なんてね! あはは」
冗談のようだが、まったく笑えない。セレスでさえ笑顔を消した。
「あはははは、また狛枝クンたらあ」
苗木だけが、狛枝の手を叩き、狛枝を感動させた。
彼を嫌悪しない人間は少ない。クラスメートには一人もいない。
「苗木クン、ボクが勝負に勝ったら、今度の週末、ボクと出掛けてくれない?」
霧切の娘と超高校級のアイドルが同時にはっとした顔をした。
霧切仁の代わりに、この勝負に参加しておけばよかったというような目で、霧切仁を見る。
何でお前がそこに座ってるんだ、という目でもある。
女子は厳しい。
霧切仁はかねてより、娘に何か報いてやりたい、関係を修復したいと思っていたから、今が好機だと感じた。
もちろん、苗木が背が低いし、少女じみていて、娘に積極的に手なんて出さないだろうという計算もある。
「だったら、苗木クン、私が勝ったら娘と出掛けてくれないか?」
「「「え?!」」」
疑問符は苗木だけでなく霧切(娘)と舞園の口からも出た。
「娘には友人が少なくてね。できれば、友達になってやってほしい」
「勝手な事をしないで」
娘の眉が吊り上るが、頬は赤い。
霧切はとりあえず、苗木に聞いてみる。
「どうだろうか」
「いいですけど、それだと別に負けた罰ゲームにならない気がするんですけど……」
「その場合、ボクとセレスさんも敗北したから四人でお出かけだね!」
娘の眉が下がった。
楽しみに思えないお出かけの予定のできあがり。
霧切仁は「いや、私は苗木クンに娘と友達に……」と抵抗したのだが「あら、私じゃ、霧切さんの友達にふさわしくないっていうんですの?」とセレスが挑んできた。
「苗木クン、先ほどの答えですけれども、あなたがチーフになって下さってもいいんですのよ。私を負かしたら認めてさしあげますわ」
もしや、この女子も苗木を狙っているのかもしれない。
霧切仁は質問したくなった。娘よ、なぜ、こんなに競争の激しい物件を狙うのか。
ただ並んでいるラーメン屋に並びたくなるだけのことではないのか。
もう少し応援してもうまくいきそうな物件を選ぶべきではないのか。かといって葉隠みたいなのは、困るが。
「ボクが勝ったら、ボクは苗木クンとだけ出かけたいな」
「え、何それボーイズラブ?!」
遠くでギャラリーをしていた腐川がジェノサイダー化して「ああん!」と声をあげる。
「もしかしたら苗木クンならボクの呪われた幸運を相殺できるかもしれないし、その、もし苗木クンがよければだけど」
「やだな、狛枝クン、そんなの別に勝負に勝たなくたって出かけるよ」
「ほんと、嬉しいな」
狛枝はうっとりと苗木の手を握り返している。
「苗木クンモテますのね」
ふふっとセレスが笑う。
「それなら私も全員から巻き上げるのではなくて、苗木クンとはお出かけにしましょうかしら」
「え、それでいいなら、そっちの方が助かるかな」
と苗木は言ってから「いや負ける気で勝負に挑むのはよくないよね」と笑う。
普通の家庭の生徒だから一万円は大金なのだ。
「「……」」
舞園と娘の視線が集中してくるのを感じる。
霧切仁に勝って欲しいと思っているのが分かる。
狛枝もセレスも危険だと考えているのが伝わってくる。
だってすごい顔をしているからだ。二人とも。
特に舞園の方などはアイドルにあるまじき、黒い表情を垣間見せている。
結果。
苗木が勝利した。
「うわー、すごいなー。運だよね、これ」
「そうですわね……途中から狛枝さんに勝たせるのはしゃくだと私が援護に回った事もかなりあるとは思いますけど」
「ひどいなあ。どうしてボクが勝ったら嫌なの? 大丈夫、苗木クンに何かしたりしないよ」
そんな事をわざわざ口にするといよいよ何かするように思えるものである。
舞園と娘の警戒がより強まったのではないか。
超高校級の軍人がナイフを構えている。あれはアーミーナイフか。
「苗木クンが勝ったのですから、苗木クンが要求できますのよ。さあ、何ですか、お金でしたら、私と同額のものでもかまいませんけれど……」
「え、えーと、でも、今から言うのは後だしみたいだし」
「いいのよ。苗木クンが勝ったのだから、何でも貰えるのよ」
何でもというのは言い過ぎではないだろうか。
娘は目を閉じて満足そうに笑っているが。
「ほんと、苗木クン、すごいです! さすが超高校級の幸運ですね!」
霧切仁も娘が嬉しそうなので嬉しくなった。
舞園も嬉しそうだ。自分の好きな相手が勝利したというのは嬉しいのかもしれない。
「いや、セレスさんのおかげだよ」
「謙遜しないで下さいな。私は本当に勝った時しか、賞金はいただきません。ギャンブラーの誇りですわ」
「苗木クン、何か欲しい物ないの? ボクの命とかでもいいよ」
あいかわらず狛枝が電波な提案をしてくる。
「え、ええと、そうだなあ……うーんうーん……」
「じゃあ、苗木クンが思いつくまで、ボクが苗木クンの側にいるっていうのはどうかな」
「苗木クン、コートでもなんでもいいから貰っておきなさい」
同感だ。霧切(娘)が提案したのはそれが狛枝のトレードマークと言うか、今手近にあるものだったからだろう。
「うん、これでいいなら、あげるよ? 何枚も同じのあるから」
「え、そうなの? だったらもらおうかな。前から暖かそうだなって思ってたんだ」
「むしろ苗木クンがボクのコートを着てくれるなんて希望だよ……! 不運と幸運は今もつりあうんだね!」
狛枝は嬉しそうに苗木にコートをかける。半そでになったが、まるで寒そうでもなくニコニコしている。よだれがじゃっかん、口からたれている。怖い。
「じゃあ、セレスさんには、今度ロイヤルミルクティーを分けてもらおうかな」
「いいですわね。山田に淹れさせますわ」
自分でする気はないらしいが、セレスもまたニコニコしている。
「学園長には――ええと、ええとー」
苗木がまた頭を抱えだす。
「私のネクタイでもいるかい?」
とこれは、狛枝に倣ったつもりなのだが、真っ先に娘に引かれた。
「なんでそうなるの? 変態なの?」
分かった。狛枝に倣ったのがいけなかった。
娘が絶望的な目で自分を見ている。
「あ、わかりました!」
と苗木が手を叩いた。
「そうだ! 学園長が覚えてる霧切さんについての話を教えてください」
「えっ」
霧切仁があっけにとられている間に苗木は「霧切さんってボクらクラスメートにとっても謎だから、そういう話、聞いたらもっと友達として近しくなれるかなって思って」などと言い出す。まっとうな話だ。
そして恋愛感情はないようだ。安心しつつ、落胆するという複雑な感情を覚える父心。
「ちょっと待ってちょうだい苗木クン。それじゃ、この人にとっての罰ゲームじゃなくて私にとっての罰ゲームになるでしょう」
「だったら、霧切さんが学園長と話して、何を話していいのか、だめなのか、相談しておけばいいじゃない。事務連絡みたいなものなら今だってしてるでしょ?」
「・・・・・・そうかもしれないわね」
霧切仁は、苗木のすばらしさを初めて知った思いだった。
苗木誠は二人の不仲を知っていて、霧切を歩み寄らせるために、考えてくれたのだ。
「苗木クン、君はすばらしい!」
感動のあまり、霧切仁は苗木に抱きついた。
「うわっ、うわわわ!!」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
それはどうもよくなかったようだ。
とてつもなく、よくなかったようだ。
ハグを解消したところ、皆、いっせいに押し黙り、霧切と舞園が、子猫を虐待した男を見るような目で、霧切仁を見た。超高校級の軍人が銃器を取り出していた。
狛枝までが軽蔑するような目で「それはどうかな?」と言ってきた。
「その疑いは違う!!」
しかし、誰も何も言わなかったので、論破する事もできなかった。
苗木だけは「霧切さんとうまくまとまるといいですね」と言っていた。
優しいが、自分を押し囲む好意を察知する力には乏しいのだった。
【完】
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霧切仁。
彼は今、人生でも、もっとも難しい勝負のただなかにあった。
何気なく、学園の生徒たちとの麻雀勝負に混ざったのがいけなかった。
メンバーが物凄い。超高校級のギャンブラーが1人、超高校級の幸運が2人。
「すみません、学園長メンバーがたりなくて」と、いかにも頭の触覚じみた髪の毛以外は普通の少年に見える苗木誠が申し出てきたのだが、断るべきだった。
無害そうな外見に騙されてしまった。
とにかく強い。周囲が強すぎる。
「私と勝負して下さる方なんてなかなかいませんの。今となっては名前が知れ渡りすぎてしまうのも窮屈な事ですわ……」
くるくると、毎日の手入れが大変そうなドリル状態のツインテールをもてあそびながら、セレスは発言する。
彼女は、この勝負に勝利したら、霧切仁から50万、狛枝から1000万、苗木から1万、せしめる事になっている。
それぞれの経済状況に応じて掛け金を考えたそうだ。
慈悲ではなく、確実にむしりとろうとする意志が感じられる。
「私の夢の実現に向けて、もっと勝負をしなければいけないのに」
「セレスさんの夢って、西洋のお城で吸血鬼コスプレしたイケメン執事の人達を従えて生きる事なんだよね?」
「ええ、そうですわ」
「でもさ、それって執事の人が年をとったらどうするの? それはバイトなの? 誰かがチーフとかになるの? 何才くらいの人を雇うの?」
「……」
今、セレスは、はっと気付いたような顔をしている。
どうも計算高い部分と、まったく計算しない部分が彼女の中で同居しているようだ。
「ふ、ふふふ、私を動揺させて、勝負に勝つおつもりですか? なかなかやりますわね」
「いや、そうじゃなくて純粋な疑問だったんだけど。ごめん……」
苗木は頭でも下げそうな風情だ。
「学園長もすみません、こんな勝負に巻き込んじゃって」
「いや、いいさ」
家に置いてきた娘にいいところを見せたくてこの勝負に挑んだという側面もある。
しかし、当の娘は「苗木クン、がんばりなさい!」と後ろで苗木を応援している。
その隣に、超高校級のアイドルもいて「苗木クン、応援してますよ!」とこれまた苗木を応援している。
そして、先ほどから苗木をじいっと見つめている超高校級の軍人の視線も感じる。
娘の恋路はなかなか厳しそうだと思う。
ぱっと見大したことなさそうな苗木だが口が重くもなく、言葉に考えなしなところがあるわけでもなく、どんな相手にも平等に接するし、前向きな発言ばかりだ。
それに普通の外見が加わると、いまどき、モテ男子のできあがりなのだろう。
だが、苗木はライトノベルの主人公よろしく向けられている好意に気付いていないようにも見える。
「こんなゴミクズみたいなボクと勝負してくれるなんて、本当に嬉しいよ……」
一方、常に楽しそうなのが、狛枝だ。
これまた強い。べらぼうに強い。
何しろ評議員を唸らせるほどの超高校級の幸運で、くせのあるトリックスター的性格の持ち主だ。
「こんな幸運がくるなんて……ここに連座している皆が死んだりしないといいんだけど、なんてね! あはは」
冗談のようだが、まったく笑えない。セレスでさえ笑顔を消した。
「あはははは、また狛枝クンたらあ」
苗木だけが、狛枝の手を叩き、狛枝を感動させた。
彼を嫌悪しない人間は少ない。クラスメートには一人もいない。
「苗木クン、ボクが勝負に勝ったら、今度の週末、ボクと出掛けてくれない?」
霧切の娘と超高校級のアイドルが同時にはっとした顔をした。
霧切仁の代わりに、この勝負に参加しておけばよかったというような目で、霧切仁を見る。
何でお前がそこに座ってるんだ、という目でもある。
女子は厳しい。
霧切仁はかねてより、娘に何か報いてやりたい、関係を修復したいと思っていたから、今が好機だと感じた。
もちろん、苗木が背が低いし、少女じみていて、娘に積極的に手なんて出さないだろうという計算もある。
「だったら、苗木クン、私が勝ったら娘と出掛けてくれないか?」
「「「え?!」」」
疑問符は苗木だけでなく霧切(娘)と舞園の口からも出た。
「娘には友人が少なくてね。できれば、友達になってやってほしい」
「勝手な事をしないで」
娘の眉が吊り上るが、頬は赤い。
霧切はとりあえず、苗木に聞いてみる。
「どうだろうか」
「いいですけど、それだと別に負けた罰ゲームにならない気がするんですけど……」
「その場合、ボクとセレスさんも敗北したから四人でお出かけだね!」
娘の眉が下がった。
楽しみに思えないお出かけの予定のできあがり。
霧切仁は「いや、私は苗木クンに娘と友達に……」と抵抗したのだが「あら、私じゃ、霧切さんの友達にふさわしくないっていうんですの?」とセレスが挑んできた。
「苗木クン、先ほどの答えですけれども、あなたがチーフになって下さってもいいんですのよ。私を負かしたら認めてさしあげますわ」
もしや、この女子も苗木を狙っているのかもしれない。
霧切仁は質問したくなった。娘よ、なぜ、こんなに競争の激しい物件を狙うのか。
ただ並んでいるラーメン屋に並びたくなるだけのことではないのか。
もう少し応援してもうまくいきそうな物件を選ぶべきではないのか。かといって葉隠みたいなのは、困るが。
「ボクが勝ったら、ボクは苗木クンとだけ出かけたいな」
「え、何それボーイズラブ?!」
遠くでギャラリーをしていた腐川がジェノサイダー化して「ああん!」と声をあげる。
「もしかしたら苗木クンならボクの呪われた幸運を相殺できるかもしれないし、その、もし苗木クンがよければだけど」
「やだな、狛枝クン、そんなの別に勝負に勝たなくたって出かけるよ」
「ほんと、嬉しいな」
狛枝はうっとりと苗木の手を握り返している。
「苗木クンモテますのね」
ふふっとセレスが笑う。
「それなら私も全員から巻き上げるのではなくて、苗木クンとはお出かけにしましょうかしら」
「え、それでいいなら、そっちの方が助かるかな」
と苗木は言ってから「いや負ける気で勝負に挑むのはよくないよね」と笑う。
普通の家庭の生徒だから一万円は大金なのだ。
「「……」」
舞園と娘の視線が集中してくるのを感じる。
霧切仁に勝って欲しいと思っているのが分かる。
狛枝もセレスも危険だと考えているのが伝わってくる。
だってすごい顔をしているからだ。二人とも。
特に舞園の方などはアイドルにあるまじき、黒い表情を垣間見せている。
結果。
苗木が勝利した。
「うわー、すごいなー。運だよね、これ」
「そうですわね……途中から狛枝さんに勝たせるのはしゃくだと私が援護に回った事もかなりあるとは思いますけど」
「ひどいなあ。どうしてボクが勝ったら嫌なの? 大丈夫、苗木クンに何かしたりしないよ」
そんな事をわざわざ口にするといよいよ何かするように思えるものである。
舞園と娘の警戒がより強まったのではないか。
超高校級の軍人がナイフを構えている。あれはアーミーナイフか。
「苗木クンが勝ったのですから、苗木クンが要求できますのよ。さあ、何ですか、お金でしたら、私と同額のものでもかまいませんけれど……」
「え、えーと、でも、今から言うのは後だしみたいだし」
「いいのよ。苗木クンが勝ったのだから、何でも貰えるのよ」
何でもというのは言い過ぎではないだろうか。
娘は目を閉じて満足そうに笑っているが。
「ほんと、苗木クン、すごいです! さすが超高校級の幸運ですね!」
霧切仁も娘が嬉しそうなので嬉しくなった。
舞園も嬉しそうだ。自分の好きな相手が勝利したというのは嬉しいのかもしれない。
「いや、セレスさんのおかげだよ」
「謙遜しないで下さいな。私は本当に勝った時しか、賞金はいただきません。ギャンブラーの誇りですわ」
「苗木クン、何か欲しい物ないの? ボクの命とかでもいいよ」
あいかわらず狛枝が電波な提案をしてくる。
「え、ええと、そうだなあ……うーんうーん……」
「じゃあ、苗木クンが思いつくまで、ボクが苗木クンの側にいるっていうのはどうかな」
「苗木クン、コートでもなんでもいいから貰っておきなさい」
同感だ。霧切(娘)が提案したのはそれが狛枝のトレードマークと言うか、今手近にあるものだったからだろう。
「うん、これでいいなら、あげるよ? 何枚も同じのあるから」
「え、そうなの? だったらもらおうかな。前から暖かそうだなって思ってたんだ」
「むしろ苗木クンがボクのコートを着てくれるなんて希望だよ……! 不運と幸運は今もつりあうんだね!」
狛枝は嬉しそうに苗木にコートをかける。半そでになったが、まるで寒そうでもなくニコニコしている。よだれがじゃっかん、口からたれている。怖い。
「じゃあ、セレスさんには、今度ロイヤルミルクティーを分けてもらおうかな」
「いいですわね。山田に淹れさせますわ」
自分でする気はないらしいが、セレスもまたニコニコしている。
「学園長には――ええと、ええとー」
苗木がまた頭を抱えだす。
「私のネクタイでもいるかい?」
とこれは、狛枝に倣ったつもりなのだが、真っ先に娘に引かれた。
「なんでそうなるの? 変態なの?」
分かった。狛枝に倣ったのがいけなかった。
娘が絶望的な目で自分を見ている。
「あ、わかりました!」
と苗木が手を叩いた。
「そうだ! 学園長が覚えてる霧切さんについての話を教えてください」
「えっ」
霧切仁があっけにとられている間に苗木は「霧切さんってボクらクラスメートにとっても謎だから、そういう話、聞いたらもっと友達として近しくなれるかなって思って」などと言い出す。まっとうな話だ。
そして恋愛感情はないようだ。安心しつつ、落胆するという複雑な感情を覚える父心。
「ちょっと待ってちょうだい苗木クン。それじゃ、この人にとっての罰ゲームじゃなくて私にとっての罰ゲームになるでしょう」
「だったら、霧切さんが学園長と話して、何を話していいのか、だめなのか、相談しておけばいいじゃない。事務連絡みたいなものなら今だってしてるでしょ?」
「・・・・・・そうかもしれないわね」
霧切仁は、苗木のすばらしさを初めて知った思いだった。
苗木誠は二人の不仲を知っていて、霧切を歩み寄らせるために、考えてくれたのだ。
「苗木クン、君はすばらしい!」
感動のあまり、霧切仁は苗木に抱きついた。
「うわっ、うわわわ!!」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
それはどうもよくなかったようだ。
とてつもなく、よくなかったようだ。
ハグを解消したところ、皆、いっせいに押し黙り、霧切と舞園が、子猫を虐待した男を見るような目で、霧切仁を見た。超高校級の軍人が銃器を取り出していた。
狛枝までが軽蔑するような目で「それはどうかな?」と言ってきた。
「その疑いは違う!!」
しかし、誰も何も言わなかったので、論破する事もできなかった。
苗木だけは「霧切さんとうまくまとまるといいですね」と言っていた。
優しいが、自分を押し囲む好意を察知する力には乏しいのだった。
【完】