最初から妙なところがあります。(女の子×苗木&狛苗)





「旅行? って修学旅行じゃないよね?」と苗木は聞いた。
「うむ我々は最高学年ではないからな。もちろん違う。そうではなく、学生として共に寝起きする事によって協調性と規律を学ぶのだろう!」

 規律だけはありすぎるほどあるが、協調性はまるでない石丸はいつになくうきうきしている。
 合宿中に規律をクラスメートに押し付ける機会がある事にはしゃいでいるのかもしれない。

「そうなんですね、楽しみです!」
「部屋割りなんかは……どっ、どうなってるの、かしら…ね?」

 舞園が明るく発言した後で対比するように暗く腐川がぼそぼそと赤くも青い顔で言葉を吐きだす。だがどちらも喜んでいるようだった。

「ボク、苗木クンと同じ部屋がいいなあ」
「私、普通のクラスメートと旅行するなんて小学校以来です!!」
「ああ、そうなんだ」

 苗木は中学時代の彼女がそういえば修学旅行に来なかった事を思い出す。
 あのころ、既に舞園はアイドルとしてデビューしたばかりで忙しかったし、学校の方も彼女を保護する準備がなかったのだ。

「わ、私もよ……〆切が近くて…グループに入れてもらえなかったのもあったし」
「十神君は?」

 超高校級の文学少女、現役作家からは私小説になりそうな暗い理由が続きそうなので、苗木は黙っている別のクラスメートに話をふる。
 すると馬鹿にするような目を向けられた。

「俺は十神の後継者争いの真っ最中だったからな。そんなバカげた事に時間を割くつもりはなかった。まあ、今ならば暇つぶしにはいいだろう」
「要するに行きてーんだろーがよ。めんどくせー奴だよな、お前」
「あっはっは、桑田っちは率直すぎるべ。けど、まあ、修学旅行は行っておきたいべ。今まで二回機会はあったんだけど、どっちも借金取りに追いかけられて……」
「俺もめんどくせー部活の練習で潰れてきて、中学なんて試合試合で一度も行けてねーしな!」
「皆、そうなんだ……」

 もしかしてこの中でクラスメートと旅行に行った経験があるのは自分だけかもしれないと苗木は思った。

「私もだねー。試合試合でさ、助っ人として別の部活の試合なんかにも出たりしてさ。あ、でも、水泳部の合宿は行ったよ! ずーっと泳いでばっかで夜は死んだように眠ったけどね!」
「我も道場の皆と夜っぴて修行をした事はあるな」

 朝日奈と大神。
 このあたりは、かなりクラスメートの旅行とは違うものと言っていいだろう。

「俺もねえなあ……ってか、夜通し走ってたことはあるけどよ。んなちまちました旅行なんざ」
「ボクもないなあ……だって、ほら、その、旅行に行ったらばれちゃうって思ってたし……」

 ぐすっと不二咲が涙ぐむ。

「でも、これからはクラスメートで旅行できるんだね! すごく楽しみだよ! ボク、皆で男子ならではの話とかしたいなあ!」

(それはどうだろう……不二咲さんが女子っぽすぎて可愛い女子の話とかしにくい……)と苗木は思ったが、楽しみにしている彼にそんな事は言えなかった。

「楽しみだね、苗木クン。希望!」
「おっし! いいな、それ! 俺もそういうまともなのに憧れてんだよ! 汗臭くねえまともさ!」
「だよねぇ、いいよねぇ」
「私も、このメンバーで旅行とか初めてだし楽しみー! ドーナツっておやつに入るのかなー!」
「うふふふ、私もすっごく楽しみです。班分けとかは……この人数ですから、女子と男子に分けるだけでしょうか?」
「そうかもしれないわね。悪くなさそうね。何か事件が起きなければ、だけど」

 霧切にとって泊りがけの行事は事件と隣り合わせなのかもしれない。
 金田一少年の事件簿など、旅行のたびに必ず人死にが出ていた。
 何がしか前提はあるにせよ、探偵の側に何かしら悪いジンクスがあって、彼がいるから殺人が起きるのではないだろうか?
 同じ漫画を読んでいたかつてのクラスメート達も、同意見だった。
(霧切さんがいるからって事件が起きるわけじゃないよね)と言いかけて怖いのでやめた。

「楽しみだなぁ……」
「本当にそうだな。まず起床時間と就寝時間をチェックしなくては」

 確実に石丸だけ別方向に楽しみにしている。

「あ、石丸君はでもその様子だと、クラスで旅行とかした事あるんだよね?」
「……いやそれが…旅行までの日程を決めたり、先生の手伝いをする事はよくあったのだが、なぜか、皆、ボクと同じ班になるのを嫌がって……その、いたたまれずに参加できなかったのだ!」

 さもありなん。
 苗木は深く納得した。

「だが、今回は違うぞ! 確実にボクの規律を守ってもらう!」
「だめですよ、そんなの」

 あっさりとしかし、真っ向から抵抗したのが舞園だった。

「修学旅行は、先生の決めた就寝時間を破って、怒られるまで起きて好きな男子の話をしたりするのが正しい行動なんです!」
「そ、そうだったのか? ボクは自分の不明が恥ずかしい。しかし、だったら規律は何のために」
「いーじゃんそんなのどうでもさー」
 
 ここで苗木は部屋の隅でじっとしている少女二人に気付く。二人とも実に似通った顔をしている。

「退屈だし、旅行とか、マジでさー。てか、旅行とか何するわけ? この協調性もくそもなさそうなメンバーでさあ」
「じゅ、盾子ちゃん……」
「だってそうでしょ。うちら超高校級かもしれないけど、その代わり、皆、ちょっとイってんじゃん?」
「で、でも皆で旅行ってきっと楽しいよ。相手の知らない事とか、分かったり」
「……う、うん、そうだね」

 戦刃は少しうつむいて頷き「さっそく媚びてんじゃねーよ」と妹の江ノ島にこづかれている。

「しかし、吾輩は参加できないのであります」
「え、そうなの?」
「そうなのです! 冬コミの〆切が近いのですよ! そんな時に参加できるでしょうか?! 否ぁ!」

 ぐぬぬうと変な擬音を使って山田一二三は拳を固める。

「どうしても参加するというのであれば、皆さんだけでお願いしますよ!」
「お前、協調性なさすぎるだろ」

 と桑田が呆れたような声を出す。
 
「野球選手などというリア充に指摘されたくありませんな! そりゃそっちは、団体行動ですから養われるでしょーよ!」
「はあ? てっめ、坊主頭でくさいユニで走ってるこっちをリア充呼びか、あれか喧嘩売ってんのか?」
「あの……リア充っていい意味だよね? たしか……」

 苗木が二人の仲裁に割って入る。
 そこで「私もそれほど行きたいものではありませんわねえ」とのんびり口にしたのはセレスだ。

「え、セレスさんも?」
「だって修学旅行の宿なんて、どこもそんなにきれいな所を押さえられないでしょう? 私学でも……私汚い宿に泊まるとアレルギーが出ますの」

 我儘いっぱいのギャンブラーらしい台詞だった。

「ボクは苗木クンとなら橋の下でも眠れるよ」
「それに荷物に入れるには、私のいつも着ているようなお洋服はとてもかさばりますのよ。パニエですとか」

 ゴスロリの服がかさばるのは、詳しくない苗木にも予想がついた。
 彼女は他の生徒と違い、制服よりも、自前の服を好んでいる。

「不衛生な所に置くと、洗うのも大変ですし。だいたい、団体行動にそれほどの意義を感じませんわ」
「いい事をおっしゃいますなあ、セレス殿!」

 と山田がニコニコする。
 この2人の共通点は、オタクっぽさだったが、もう一つあると苗木はたった今知った。
 他の超高校級と比べて、「普通の生活」とか「普通の行事」というものに対する憧れが皆無なのだ。

「たとえば西洋のお城に旅行に行くと言うなら話は別ですけどそうでもないのに、なぜ、わざわざ狭苦しいお宿に皆さんで泊まらないといけませんの?」
「滅多にできない事なんですよ?! 皆で旅行なんて!」
「そーだよ! 楽しそうじゃん! ね、さくらちゃん」
「うむ……」
「別にしたくもないですわ。こうして皆さんといるのと何が違いますの?」

 彼女たちの主張が、セレスには本気で分からないらしい。

「皆さんのことは、私もだいぶ分かってきたように思っていますけど、それと旅行とは別ですわ」
「苗木クンの事なら、ボクもだいぶわかってきてるよ!」

「そう! そんなくだらない旅行より! 今年の冬コミは今年の冬コミで一度しかないのですぞ!」

 そっちの方が毎年あるのに、山田は指をつきつけてくる。
 
「え、えー……じゃあ、旅行に2人は行かないの?」
「行かないですな」
「行きませんわ」
「でもさあ、あれって出ないと代わりにどっかで出席しないといけないんだよ? めんどくね? 絶望的にめんどくね?」
「じゃ、じゃあ盾子ちゃんも行くの?」
「行くよー。結局、どっちもめんどくせえし」
「じゃ、私も行く……」
「代わりに出席するのは構いません。それなら夜は原稿に使えますからな!」

 と山田はニコニコしている。

「でも、2人も欠席なんて、よくありませんよ。クラスにただでさえ人が少ないのに……!」

 舞園がここまで人の意見に逆らう事は少ない。
 よほど学校行事に憧れがあるようだ。

「ね、2人も考えてみてよ。その、服がしわになるのがいやなら、大きなスーツケースに入れればよくない? ボクが運ぶよ」
「まあ、それは悪くありませんわね」
「苗木クン、私のために……」

 ぽっと舞園が頬を染め、苗木は外の世界ならこの様子を見ただけで殺されそうだなと思う。

「い、いや、ボクはただ単に皆で旅行に行けたら楽しいかなってそれだけだよ」
「そうだよ苗木クンは誰かを特別扱いしたりしないよ。博愛主義なんだから。またそこがいいんだけどね!」
「山田クンの原稿もボクらが手伝えるとこは手伝うよ」
「むむう……そうはいっても、昔と時代が違うのですよ。それこそ小学生の頃のようにスクリーントーンとかある時代ではなく、今は全てパソコン上でやっているので、それこそ細かいミスをチェックしてもらうとかしかないのですよ」
「ボクがパソコン持ってくよぉ……それで手伝うよぉ……範囲をクリックして色を塗るとかなら、何とかできるしぃ……」
「むぅ……それは…助かるかも……」
「1人で徹夜するより効率いいかもしれないよ?」
「ですな!」

 苗木と不二咲に交互に説得されて、ついに山田が意見を変えた。ニコニコしている。

「よし! これで全員規律正しい旅行に出れるのだな!」
「本当に楽しみだね!」

 しかし。

「すまない、皆……生徒会長たちに起きた事件の影響で、超高校級の生徒が狙われているかもしれないとの意見があり、私としても、それは正しいと思う。だからつまり」
「つまり、クラス旅行は中止って事よ」

 学園長が申し訳なさそうに頭を下げる前で、霧切の方はさほどでもない顔をしている。

「そんなぁ……」
「初めて参加できると思ったのに!」
「がっかりだぜ」
「まあまあ、皆……それでも学校の中でちゃんと合宿できるらしいからさ……」
「それ、マジ旅行じゃねーじゃん。マジ絶望的なんですけどー? うぷぷぷぷぷ」

 何が楽しいのか江ノ島は笑っている。

「ボクは楽しいよ。苗木クンと一緒に眠れるだけで最高だと思えるよ!」
「あの……さっきから、すごく気になってたんだけど、狛枝クンは77期だよね? 何でこっちの学年にいるのかな……」
「え? そりゃ当然苗木クンと一緒に旅行がしたいからだよ!」

「皆、すごい当然の事として受け止めてるからなかなか聞けなかったんだけど、おかしいよね?!」
「聞いたら負けかと思ってたわ」
 
 霧切が言い切ると、皆、頷いた。



【完】



トップに戻る