変。(日苗)





「日向クンは頼りになるよね」
「そうか?」
「うん、特に対外的にさ」

 こんな事を言うと他の人への非難になってしまうが、希望ヶ峰出身のメンバーで作られている未来機関はーー基本的に濃い。
 皆、キャラが濃い。
 一般の人々を保護したり、外の機関との連携をとるには、そこがなかなか難しいのだ。
 日向の他には超高校級の詐欺師の十神(と皆が彼を呼ぶので苗木もそう呼ぶようになっているが本当の十神の前で呼ぶと怒られる)が、あたりがいい。
 押し出しがよく、一般常識を持っていて、ふつうの人間から見ても親しみがもてる。
 今日のように外の組織との折衝には、苗木と日向で出向く事が多い。

「ボクだと背が低いから、なめられがちかなって。いやそんな人ばかりじゃないと思うけど。でも日向クンって普通に外見いいし」
「普通かあ。俺はそう言われるのがすごく嫌だったんだよな・・・・・・けど、今はそれが役にたってるなんて皮肉だな」

 ははっと日向は笑い、苗木は焦る。

「あの、悪い意味で言ってるわけじゃないよ」
「分かってるって」
「なら、いいんだけど」

 焦る苗木の頭のアンテナがぴょんぴょん揺れている。
 見下ろす日向は(これどーなってんだろう?)と思っている。
 
「日向クンってリーダーっぽいし、こうなんていうか喧嘩とかも強そうだよ」
「そーか? 俺、喧嘩とかしたことないぞ」
「えっ、そ、そうなの?」

 苗木の中の自分像に修正が加えられた事を日向は悟る。
 答えは分かり切っているが、逆に聞いてみる。

「なら、苗木はあるのか?」
「いや、うん、ないけど・・・・・・」
「だろ? 俺もないよ」

 はははと日向はまた笑う。
 あの島で一人残って仲間たちが目覚めるのを待っているうちに、だいぶ鍛えられた気がする。
 普通に見える事が、苗木の助けになるというなら、白くなった髪の毛を黒く染め直してよかったとも思う。

「けど、あれだな。だから最近、十神や霧切じゃなくて俺が、苗木と組む事が多かったのか」
「うん。特に十神クンは威圧感があって態度がどうがんばっても良くなかったりするから、十神クンを連れてくくらいなら、日向クンのところの十神クンを連れていきたいし、そうすると本当の十神クンが傷つくから・・・・・・」

 言わんとしてる事は日向にも伝わるが、ややこしい。

「俺、苗木と外に出るの楽しいからいいけどな」

 たとえ外の世界がどれだけ不穏な状態になっていようとも、一時ほどではない。
 それに苗木を守るという役目は、自分の罪への償いになっている気もした。
 それにーー苗木と話していると、単純に心が安らぐ。

「けど、だからか。羨ましがられてんだよな、皆に。澪田なんかも自分も外に出たいっすーとか言ってさ」
「日向クンがモテてるわけじゃなくて?」
「えっ、いやないだろ、澪田だし」

 澪田は可愛いが、可愛い以上に「いい奴」である。
 お友達以上にはなる気がないオーラが、当人の体からも発揮されている。

「だいたい、俺モテるように見えるか?」
「うん、見えるよ。日向クン、かっこいいもん」

 ふざける日向に苗木はまともに答える。
 何よりも彼に足りないのは自信だという気がしているからだった。
 日向がぐっと言葉に詰まるのが少し痛快だ。

「それに希望ヶ峰では普通っぽい人の方がモテると思う。人間って自分にない物を求めるでしょ」
「俺が正課生だったらそうかもな。けど俺の周囲は、そうじゃなかったしな」

 予備学科の半分は、超高校級のアイドルや超高校級の人々の追っかけで、半分は金持ちの子息の無難な進路というところだった。上昇志向やコンプレックスを抱えた日向は、彼らになじめなかった。

「今は周りは皆、超高校級だよ?」
「だったら苗木はモテモテだったのか?」
「いやそれはないよ」

 からかうような日向だが目は笑っていない。
 苗木はきっぱりと答える。
 実はモテていたのだが、自覚がないので、モテていないも同様である。

「そうか」

 日向は苗木がモテていなかったと聞いて、何かほっとした。
 そしてすぐにそんな自分が嫌になった。

「苗木は可愛いのにな」
「日向クン、そこは嘘でもかっこいいって言ってよ」
「・・・・・・すまない・・・・・・」
「いや、そこはそこまですまなそうにしないでよ」

 歯を食いしばる日向に、苗木は眉を八の字にした。
 可愛いと誉められるのは初めてではないが、うれしかったのは小学校に上がるまでである。

「悪い・・・・・・いや、けど、俺は可愛い方がいいと思う。その、苗木ってほんと小さいし、可愛いし、なんか、こう・・・・・・見てると抱きしめたくなってくるってか」

 日向は立ち直って誉め始め、それが変な方向にいっている。

「えっ?」

 当然、苗木は目を丸くした。
 日向クンはそっち系の人なのだろうかという考えは少したってからやってきた。
 日向は、自分の発言の内容に気づいて青ざめた。

「いや、違う! 俺じゃなくて! ほら女子とかが!」

 これは半分嘘である。
 日向自身も抱きしめたいとは思っていた。そして今や大丈夫か俺と思っている。
(いや、違う。苗木は可愛いし、きっと普通のことだよな? 苗木は苗木以外じゃないから、自分の愛らしさに気づいてないだけだ。きっとそうだ)と自分に言い聞かせる。

「きっとお前が江ノ島を倒せたのも、あいつが油断したからってのもあると思うしな」
「そうかもしれないけど、それって見くびられるって事だよね?」
「あっ、そうか!」

 日向はまた青ざめた。
 失言をしたのが自分で分かったのだった。

「いやっ、その」
「あはははは、ごめん、日向クン。うん、ありがとう、うれしいよ」

 笑う苗木はやっぱり可愛いなと日向は思った。

「その、うれしいってのは、ええと・・・・・・」
「あ、いいよ、うん。なんか癒されるとか言ってよくやられるから」

 といっても主に女子である。
 今は霧切とか朝日奈などに、少し胸を借りてもいい?と抱きしめられる。
 男子扱いされていないなと感じるところである。
 最近、見知らぬ人々にも頼まれる事が多くなった。そしてそれを見ていた葉隠が「一回1000円で売り出すべ。なーに任せておけば安心だべ!」と通常運行な事を言い出した。もちろん断った。男性に頼まれても断る事にしている。

「あ、そうなのか」

 しかし、日向は納得したのか、何度か頷いて苗木を抱きしめてきた。
 男性はお断りしています、と言わなかったので、これは苗木が悪い。
 アンテナが真っ直ぐになりそうな衝撃を受けながら(まあ日向クンだし、いいか)と思う。
(何で日向クンだといいんだろう? やっぱり仲良しだからかな)

「あのな、苗木」

 かと思うと日向は身を離して苗木に説明し始めた。

「他の奴に頼まれてもちゃんと断れるようにしておかないと、後で苗木が危ない目にあうかもしれない」
「う、うん・・・・・・」
「本当なんだ、苗木。いや、俺は危なくないが、世界には危ない奴がたくさんいるんだ。狛枝とかな、本当なんだ」

 と説得する日向は真剣である。

「ありがとう心配してくれて」
「いや・・・・・・苗木はやっぱり、その、俺を、いや俺たちを助けてくれた奴だからな」

 俺を、のあたりが自意識過剰かと考えて言い直す。
 そうだきっと助けて貰った恩があるからだと思おうとする。
(それに、他の人間も苗木を抱きしめたいと思うみたいだからな・・・・・・きっと小動物に対するみたいな気持ちなんだ、そのはずだ・・・・・・)
 帰ったら田中に新・四天王を貸して貰おうとも考える。可愛さに飢えているのだ。そうに違いない。

「う、うん。助けたのボクだけじゃないけど」
「けど苗木が中心だろ?」

 そうであってほしいと思っている自分に日向は気づく。

「う、うん、そうかなあ、でも朝日奈さんとかも最初から助けようって・・・・・・」

 霧切は、最初冷静に救えるかどうかをシュミレーションしていたし、十神と腐川は助ける事自体を反対していた。
 朝日奈の名前を出してから、苗木は(あ)と思う。
(日向クンが朝日奈さんを好きになっちゃったらどうしよう)
 何となく寂しいし気まずいかもしれない。
(いや、朝日奈さんはつきあってる人いないし・・・・・・ボク、朝日奈さんが好きなのかな? 何で嫌なんだろう?)
 しかし、その心配はないようだった。

「やっぱりそうだよな。苗木だもんな」

 と日向は、ごく自然に朝日奈の存在をスルーしていたからだ。
 それよりも日向には気になる事があった。
 他の人間にも抱きしめられているというような苗木の言い草だ。
 それを実際に考えると、あまり面白くない。

「その、お前、何かさ、誰かから変な事されそうになったら、俺を呼んでくれ」
「日向クン・・・・・・」
「そしたら、俺が辺古山に連絡するから」
「・・・・・・日向クン」

 日向は自分の戦闘能力を客観的に把握できるタイプなのだった。

「だめだよ辺古山さんはやくざのボディガードなんでしょ?」
「ああ。苗木にそんな事をする奴は許せない」

(いやさっき、日向クンそんな事って抱きついてたけど・・・・・・)
 と苗木は思ったが、少し感動した。
 自分で解決してくれるわけではないにしてもスタンドのように辺古山を使ってくれるらしいのである。

「その、だから、また、何か二人で出かけるとかそういう機会があるんだったら俺を誘ってほしい」
「あ、うん、もちろん、こっちからお願いするよ」
「あと、さっきの・・・・・・また、やっていいか?」
「さっきのって、あの、抱きつくの?」
「ああ」
「あのさ、普段は、男性には抱きついたりされてないんだけど・・・・・・」

 今がチャンスとばかりに言う苗木。

「そうなのか?」
「もちろん、頼まれても断ってるし! あ、でも日向クンに抱きつかれたのが嫌だったって事じゃなくてね?」
「そうか、断ってんのか・・・・・・」

 日向はほっとしていた。
 誰彼構わず苗木が抱きつかれているわけではないという喜びが日向の胸を満たしている。しかも、その上で自分に抱きつかれたのは嫌じゃなかったと言ってくれるのだから、なおさら嬉しい。

「だよな。その、俺は別に苗木を可愛いと思って抱きついてるだけだからな!」
「そ、そうだよね・・・・・・日向クンは普通だもんね」
「苗木だって、その、普通だよな」

 その苗木が許可しているのだから、これは特にやましくない行為だ。そのはずだ。
 苗木は日向のがたいががっしりしている事に、改めて感心した。
 背中に手を回してみると、日向がびくっと警戒したように体をふるわせる。

「な、なに?」

 思わず見上げる苗木に、日向が戸惑った表情を返す。

「悪い。抱きしめ返されると思ってなかったから、びっくりしただけだ」
「何だ、よかった。ボク、何か変な事したかと思った」
「変じゃないだろ。俺たちは普通なんだからさ」

 かつてコンプレックスだった事が、今や日向の救いになっているだけでなく、防壁にもなっている。
 
「そうだよね。普通の範囲内だよね」

 普通すぎるほどに普通。それが苗木の特性だ。
 だから、自分の顔が赤くなっているのも、きっと普通だよねと思う。
 頼りにしている日向と抱き合うなんて照れくさい事だから、赤くなったりどぎまぎしたりしても普通のはずだ。

「うん、それと、その、女子相手もやめといた方がいいんじゃないのかな。なんていうか、セクハラーとか言われたら困るし。その、苗木といる時に苗木だけ抱きつかれてたら、俺の立場がないし」
「そ、そうかな・・・・・・」
「ああ、そうだ」

 正直、日向は今、生まれてから一番くらいに、女子にモテたいと思っていなかった。
 苗木がいればいい。苗木の方が可愛いし、苗木といると安らぐし、苗木といると普通でいる事が普通以上にいいような気がしてくる。
 と思う日向はもう自分が普通から斜め上の方向にいってしまっている自覚がない。
 自分が女子に嫉妬するというおかしな立場にいる事にも気づいていない。

「だったら、ボクは日向クンと、日向クンはボクとだけ、ぎゅってするって事?」
「ああ」

 苗木が全部まとめて言ってくれたので、頷くだけでいい日向の立場は楽なものだ。

「・・・・・・うん、いいよ」

 と言って苗木は(これは、もしかしてつきあうって事じゃないのかな)と思ったが嫌な気がまるでしなかった。
(ボクも日向クンも少し変だと思うけど)
 だがそう口に出すと日向が慌てそうなので、やめておく。
 彼らに「変だ」と言うのは、一ヶ月後、彼らが抱き合っている現場を発見してしまう葉隠の役目である。

【完】





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