「狛苗読本」の裏側の十苗SS




「いつ返してくれるんだ?」
「何の話?」

 まるで分からないというように、狛枝は首を傾げ、十神はいやな気分になった。

「いつ返すって、元々君の物じゃないでしょう? 超高校級の御曹司の十神白夜君」
「お前はオレには執着しないようだな」

 してほしいわけでもないが、自分の方が超高校級の希望としての概念は満たしているはずで、それゆえ、狛枝が執着してこない事は単純に不思議だった。

「だって、君はもう御曹司じゃないじゃない」

 それは事実だったので、十神はぐっと息を詰めておく。

「つまり、君は日向君と同じ。もうただの凡人ってわけさ」
「なっ・・・・・・このオレを凡人だと?」

 本部の意志に逆らって命を助けてやった事を一瞬、ひどく後悔する。(こいつだけでも渡しておけばよかった)
 そもそも、江ノ島盾子の手首を大事にとっておいたりする、アナーキーな男なのだから。

「君は苗木君の事が好きなの?」
「! 何を言っている。お前はあいつの、ジェノサイダーの仲間か!」
「ああ、流行の腐女子なんだっけ。十神君の彼女って」
「彼女ではない! おぞましい事を口にするな!」

 本気で殺したくなってきた時、苗木が現れた。

「ちょっとちょっと! 何喧嘩してるの狛枝君!」
「ううん、何でもないよー」
(・・・・・・)

 何でもないわけが、あるか。と言いたいが、わざわざ、狛枝のレベルに堕落刷るまでのこともないと、十神は考え直す。
 御曹司ではなくなったかもしれないが、プライドの高さは健在だ。

「大丈夫なの? あのさ、十神君、何かあったら、まず僕に・・・・・・」

 今、苗木は狛枝を手懐けようとしているところ。
 それは十神も知っていたし、邪魔をするつもりはなかった。
 睡眠から覚め、一応は絶望からも目覚めたはずのアイランドの彼ら・・・・・・。しかし、狛枝は「ああ、君、知ってる!」と苗木に興味を示した。
 そして苗木君の言う事なら聞くよ、と、はた迷惑な事を言い出したのだった。

「だって僕と同じ超高校級の幸運なんだもの」。

 それは間違っていない。

「僕と違って代償のない幸運なんだもの」。

 それも知っている。狛枝の「幸運」の能力が苗木のそれと違って「猿の手」のような悪夢に満ちたものだとも知っている。

「それに、苗木君ってすごくかわいいよね」

(まあ世間一般の定義からいけば、かわいい系男子だか何だか知らないがその系列に入るのだろうなとはオレも思う)
 内心は同意した十神だが、口には出さない。
 どこでどう伝わるか分からない。ジェノサイダー翔を喜ばせる事なんて、みじんこほどもしたくないからである。

「だから苗木君にお願いがあるんだ。僕を好きなふりをしてほしい」。

 これはわけがわからなかった。
 最初からふりでいいのだと、狛枝は提案してきた。

「だってボクみたいなゴミくずみたいな人間を、あの江ノ島さんに勝利した君が選ぶわけがない。そんな幸運があったらボクが死ぬか、君が死ぬかだろうから。ボクをだましてくれたらいいんだ。ボクのものになって。ボクを好きなふりをして? そしてボクを捨ててくれたら、きっと君とつきあえた幸運に見合うはずなんだ・・・・・・」

(理解できない男だ!)
 理解したくもない男でもある。
(何を考えている・・・・・・そして苗木も何でそれにオーケーを出す! 霧切もだ! あいつらは頭がおかしい!)
 もちろん、それは、残りのメンバーの命を救うためだった。
 本部は今でも日向たちを始末した方がいいのではという論調に傾いている。
 狛枝一人だけでも「ボクは絶望しています」と言えば、全員が、始末されてしまうかもしれない。
(それは、まずい。あいつらは、元々は超高校級の希望なんだ。これからも絶望と戦える人員は多い方がいい)
 だから、苗木を犠牲にするのもやむをえない。
 たとえそれがどんなに、むかつくことだとしてもだ。
(くそっ・・・・・・)

「十神君は、苗木君が好きなんだねえ」
「お前は何をバカな事を言っている。オレは十神白夜だぞ」
「知ってるよ。十神の一族は代々、いろんな女性にいろんな子供を産ませ、彼らを戦いあわせて、本当に強い御曹司を決める・・・・・・ほんっとすごいよね。話を聞くだけでわくわくするよ!」

 ぱあっと手を広げる狛枝。
 そのまま表面の話を聞くだけなら、狛枝は十神を手放しで誉めてくれている。それなのに、なぜ、こうもバカにされている気がするのか。
(くそっ・・・・・・)

「だけど、御曹司っていうカテゴリで君は希望ヶ峰学園に選ばれた! それがどういう事か分かるかい? 君は兄弟には勝てるけど、世界には勝てないのさ! 超高校級になるには、御曹司であるしかないんだ!」
「ちょっとちょっと狛枝君、何でエキサイトしてるの?」

 狛枝をここでおさめるのはいい戦法だ。
 苗木が優先するのは狛枝でなくてはならない。
 その方が、狛枝もだまされて・・・・・・いや、だまされている事を本人が納得済みなのだが苗木に従うだろう。
 本部に対して希望に満ちたふるまいをするだろう。
 それなのに、十神は「苗木」と苗木の頭をひっつかんだ。

「お前はどっちの味方なんだ」
「それはもちろんボクでしょ! だって苗木君はボクとつきあってるんだもの!」

 狛枝がいい笑顔で笑う。

「う、うん、そうだね・・・・・・」

 と苗木が認めて、十神はぐうっと拳を握った。分かりきった返事なのに、そうするべきなのに、なぜ、自分がショックを受けるのか、理由が理解できない。

「お前・・・・・・それが言わせたかったんだな?」
「うん、そう。じゃあね、十神君、ばいばーい」

 性格がねじまがっている、と十神は狛枝を診断する。
(あれがもう一人の超高校級の幸運とはな・・・・・・)
 それだけで絶望的に聞こえる。
(勘弁してほしいものだ)

「あの、昼間はごめんね」
「何か謝るような事があったか?」
「え、ええと、あったのかなって・・・・・・」
「妥当な計略だ。あいつはお前の虜だ。腐川みたいなものだな。容易に言うことを聞かせられる」
「そんな言い方・・・・・・」

 いちいちへこむ苗木に、ちっと十神は舌打ちする。

「あの、さ、狛枝君が、ちょっと・・・・・・」

 へこんでいた表情はそのまま、赤くなった。

「その、あのさ、きっと、十神君なら何でも知ってるかなって思って聞くんだけど」
「何だ」
「男同士ってその、どうやるんだか、知ってたりする?」
「・・・・・・なぜ、そんな質問が出てくる?」

 ぽかんと口を開けないように努力した。

「狛枝君はボクとしたいんだっていうんだよ」
「させてやるべきだろう」
 開いた口をすぐに閉じて、十神は言った。一瞬、目が眩むほど怒りを感じたがすぐに封じ込める。思いついた計略が、心を冷やしてくれた。

「やり方は、オレが教えてやる。簡単だ」
「あ、そうなんだ」

 と苗木があっさり承知したことの方が驚いた。

「紙に書いてくれないと覚えないかもしれないけど・・・・・・」
「ああ、書いておいてもやるよ」

 何も知らないような目が見上げてくるのに、ぞくっとした。
(苗木なんかに煽られるとはな)
 たぶん、あの男に相当、自尊心を傷つけられたせいだ。
 十神は十神家の跡継ぎとして、ある程度の性的能力があるかどうかも、判断に入れられている。もう既に女性経験はあるし、そのテストで証明済みでもある。
 という話をすると、シャワーを浴びてきた苗木が「すごい」を連発する。

「そうすごい話でもないだろう。一般の男子高校生の中でも童貞でない男など、何人かいるだろうしな」
「いや、それを証明する必要に迫られた人は、あんまりいないと思うけど・・・・・・」
「まあ、そうか」
「十神君って自分の浮き世離れに気づいてないようなところがあるよね」

 あはは、と苗木はベッドに腰掛けて笑う。
 その笑顔だけで、何かしらのスイッチが体に入ったような気分になった。

「十神君?」
「黙れ」

 肩に手をかけ、そのまま、ベッドに押し倒す。苗木の膝から下だけが、ベッドからはみ出ている。

「えっ、あの、何、もう開始してんの? ええと、あの、十神君? 実演はしなくていいよ。そのっ、こういうの、後で恥ずかしいし」
「お前・・・・・・本当にのんきな奴だな」

 ちっと、十神は舌打ちする。

「オレは狛枝が気に入らない」
「あ、そうなんだ」
「だから、これは意趣返しというか、嫌がらせだ」
「えっ、何、話がつながらなっ・・・ちょっ・・・! やだっ」

 やだという声が艶っぽく、十神は「経験はないんだろう?」とつい改めて聞いてしまう。

「えっ、なっ、ないよ・・・! その・・・そんなっ・・・したく・・・なかったし!」

 自分の股間を撫でる十神の指先の動きに、びくびくと、いちいち反応を返す。男を煽っているのが分からない目つきだ。

「奇遇だな、オレもだ」

 ぎゅうっと服にしわがつくほど股間をつかんでやると、気持ちいいところに、いきなり与えられた痛みに「ひぐっ」と苗木が唇を噛む。

「オレも好きじゃなかったよ。やれ、と言われてやる事ほど、家畜じみた気分になるものもないからな」

(だが、今はどうだ)
 抵抗するかしないか迷っている苗木誠への欲情は、張りつめるほどだった。
(こんな気分をオレはこれまで味わった事がなかった)
 驚愕と感嘆を感じる。
(これが競争だからか? 狛枝よりも先に苗木を味わえるからか?)
 しかし、狛枝という名前を思い出したとたんに、怒りを感じた。
(いや、これは怒りではないな。何だこれは。そうか、苗木はオレのものだからか)
 断られたとはいえ、一応、5000万円の給料は提示したのだ。
 それにあの場所から脱出するまでも、脱出した後のごたごたも一緒にくぐり抜けてきたのは自分だ。本部とやりあったのも自分たちだ。

「オレのだ。ずっと・・・・・・オレのだったはずだ」
「十神君?」
「教えてやる。まず、こっちでイけ」
「ひっ、ああっ、やっ・・・・・・さわんないでっ」
「服の上からやってやってるのはオレの優しさだぞ。直にやられたら、痛くて感じられないはずだからな」

 落ち着けるために・・・・・・そう落ち着けるためだと自分に説明しながら、苗木の唇を奪う。

「んっんぬぅ! やめっ、やめてよっ!」
「キスなら、狛枝ともしてたんだろう?」
「そ、そうだけど、それは必要があったからで」

 苛立たしくなって、もう一度キスをしながら、ペニスを擦りたて続けてやる。

「ひぅ! やらぁっ、それやだっぁ! 腰、溶けぇっ…へんっ!」
「っ・・・・・・くっ」

 口元にゆがんだ笑みが浮かんだ。

「とけろ。苗木」
「はっ、はああっ・・・・・・!」

 体の下で苗木が達するのが分かった。体のふるえが自分に伝わるのを逃がさないように、体を重ねておく。赤くなった顔の口が開いて、絞め殺される人間のように舌が震えている。

「いい顔だ。次はオレを満足させる番だぞ、苗木」
「・・・・・・な、に言ってっ」
「男同士のセックスを知りたいんだろう?」

 苗木誠の顔に絶望的な表情が広がる。
 そうだ、と満足する部分と、何かじわりと黒いものに浸食されるような感覚があった。
(オレは何をしている? 何がしたいんだ?)

「ぼ、ボクは、あんな、さわり方、絶対できないと、思うんだけど・・・・・・」
「はあ?」
「あ、あの、ボクが十神君のを、さわればいいんだよね?」
「ふう・・・・・・」

 胸の中の黒いものが雲散無償していく。
 かつて江ノ島に浸食されかけた時も、苗木が助けてくれたのだと思い出す。

「違う。オレが勝手にお前を使うから、お前はただ、そこに寝て、オレがするようにさせていればいいんだ。痛くないようにはさせてやる」
「えっ、でもさ、それ、何か手伝わなくていいの?」

 目を丸くする苗木。

「お前に、握りつぶされたくはない。十神一族の御曹司としての権利を失うからな」

 本当は十神一族がもう誰もいない事も、こんな権利を持ち出してもだかどうしようもない事も、十神には理解できている。だが身に付いた規範というのはいつまでも続く。

「・・・・・・あ、そうなんだ、それなら・・・・・・」

 苗木はほっとしたようだった。

「いいよ。うん。あの、でも、怖いかな、少し・・・・・・」
「練習しないで、狛枝にいいようにされる事ほど、怖くはないだろう。オレはまだあいつが絶望の手先かもしれないと疑っているのだからな」「それはさすがにないと思うけどな・・・・・・」

 と言ってから、「まあ絶対じゃないけど」と十神の顔色を見る。

「あの、オレのものって言ってたよね」
「そうだ。お前はオレのものだ。違わないだろう?」
「霧切さんは苗木君は皆のものって言ってたけど。それと似たような概念?」

 よく分かっていないのが、顔色で分かる。
 頬が赤いのも普段より血色がいいだけに見えてきた。

「黙れ。黙ってオレに好きにさせろ」

 十神自身にも上手く説明ができない事なのだから。

「うん・・・・・・」

 そっと、苗木が十神の髪の毛を撫でる。

「何だ」
「いや、何か、十神君が泣きそうな気がして。ごめんね。変な事に、つきあわせて」
「いや、いい・・・・・・」

 そう、いいのだ。
 苗木がそれから必死に苦痛の声を出さないように十神の熱を受け入れた事も。十神が我を忘れた事も。中に出したが相手が妊娠しないと知っているのも、これが初めてだという事も。
(あいつが必死で目を閉じていたから、目を開けさせたくなった事も) 
 自分が中にいる間にイかせたくて必死になった事も。
 どろりとついに精液を吐き出した苗木に「どうなったか見てみろ」と自分の手でペニスにさわらせた事も。それでまた、十神は彼を犯したくなった事も。
(あれは犯したわけじゃない。練習だ)
 それに、苗木が望んだ事だ。
 悦楽に溺れていたくせに、事が終わると「あ、の、ありがとう。じゃあ、あと、これ、絶対、霧切さんには秘密だからね」などと言って来たではないか。
 気にしていないと知ってショックを受けたが、同時に何故かひどく安心した。
 苗木は変わったりしない。
(だから、またオレの気が向いた時にやれる。苗木はオレのものだ)

「ねえ、君でしょ」
「狛枝か」

 ふん、と十神は彼を見た。
 長く続く廊下。一つの部屋の前に狛枝が立っている。
 あれからずっと気分がよかったのに、この男の顔を見ただけで不快になる。

「何が、オレなんだ?」
「苗木君を言葉巧みに抱いたのだよ。そんな事するなんて、ひどいな。苗木君はボクのなのに。変に慣れてるなあって思ったから聞いたら案の定さ」
「違うな。あいつから、オレに頼んできたんだ。お前が無茶な願いを出すからだ」
「嘘だね。自分でも嘘だって分かってるでしょ。好きだから。ボクに渡したくなかったからだよ」
「お前に渡すつもりがないというのは当たっているな。あれはオレのものだ」
「でもね、十神君が訓練してくれた苗木君は、これからはずっとボクが楽しむんだ。だから、邪魔しないでね」

 去っていく狛枝に、十神は(やはりあいつは殺さなくてはいけない)と思った。
(たとえ、それで、ほかの奴らが死んでもだ。苗木は・・・・・・なぜなら・・・・・・なぜなら・・・・・・)
 なぜなら特別だからだ。
(だが、言ってどうなる)
 苗木に、お前は自分のものだから、自分だけを見て欲しいから、狛枝の要求を聞かないで、残りのメンバーは全部本部に処分させればいいとでも言うのか?
 言う事を聞くわけがない。
(オレはどうすればいいんだ?)
 絶望的な気持ちが高まっていく。どこか遠い世界の果てでモノクマが笑うのが聞こえた気がした。

【完】