残兄と誕生日。(むく苗)


  その日、戦刃の席に背の高い男子が座った。
「誰だあれ?」「知らないよ、戦刃さんのお兄さんかな?」「なんで戦刃と同じような服着てんだ?」。
 そうなのだ。戦刃むくろとほぼ同じ服を着ている。スカートがスラックスに替わったくらいだ。軍隊を思わせるカーキ色。髪型も戦刃と同じだった。
 最終的に「苗木、お前何か知らないのか?」と桑田に聞かれる。
 苗木は、物静かな戦刃とも比較的会話していたからだ。

「えっ、知らないけど・・・・・・」
「よしボクが聞いて来よう。部外者であれば事務所で手続きをして首からタグを下げてもらわねばならない!」

 石丸が率先して突撃し、「ちょっとよろしいだろうか!」と堅苦しく声をかける。
 ちらっと石丸を見上げた男性は、そのまま、うつむいた。

「その、君は部外者なのだろうか?」
「ううん、ここの生徒」
「そ、そうなのか? しかし、そこは戦刃クンの席であって」
「私・・・・・・」
「えっ? 君が戦刃クン・・・・・・の、そうかお兄さんだな?」

 困ったように青年はうつむく。
 何となくその仕草が戦刃を思わせるので、苗木は気の毒になってきた。
 超高校級の軍人という強面な肩書きのわりに、むくろは非常に不器用な女の子だったが、この青年も同じような性質に見える。

「あの・・・・・・」
「あ・・・・・・」

 青年がじっと苗木を見つめる。それから少し張り切ったような顔になった。
 この表情の変化も、むくろを思わせる。
 コミュニケーション能力に問題があっても、長い時間をかけて苗木には少し心を許してくれるようになっていたのだ。

「私はむくろ・・・・・・戦刃むくろ」
「「「え」」」

 その後、口の重い彼のぽつぽつとした話を総合すると、彼は戦刃むくろそのものらしい。

「そ、その手術とかしちゃったの? 戦刃さんってそういう・・・・・・」

 目を白黒させる朝日奈。
 顔が赤らんでいる。少しでも性的な話は苦手なのだ。
 表情は変わらないが、戦刃は少し焦ったようで口調が早くなった。

「違う。平行世界との軸を動かす実験を行っていた超高校級の科学者に・・・・・・」
「そんな! だったら、ボクが女性である世界もあるのだろうか? それは気があいそうな女性だな!」

 石丸のことを苗木は決して嫌いではないが、女性版石丸は大変そうだなとも思った。
 おまけにダブルになったら、自分たちも大変そうだ。

「・・・・・・同じ世界に同じ人間が二人は存在できないって盾子ちゃんは言ってた・・・・・・」
「そ、そうなんだ・・・・・・」
「それに、世界をいじるのは難しくて、そのうちねじれは元に戻るんだって・・・・・・」
「あっ、そうなんだ」

 ほっとした。
 苗木にとって戦刃むくろは、やはり女子なのだ。

「・・・・・・苗木クンは私の世界の苗木クンに似てる・・・・・・」
「そうなの? っていうか、そっちだとボクって女子なの?」

 こくっとむくろは頷く。

「あー、苗木が女子かー。なんかこうめだたなそうな感じだよな。あんま興味ねーわ」
「興味あってもらっても困るよ」

 ぼやく桑田に苗木はげんなりする。
「うん」と戦刃が頷いたのは山田の発言でスルーされた。

「それにしてもあれですな・・・・・・男子かと思ったら女子だった! これは萌えになるのですが、女子だと思ってたのにいきなり男子に! なんてどこにも需要がありませんぞ! しいていうなら腐女子の範疇でしょうな!」
「あららのらー!! 呼んだぁ!? あっら、なんか萌える男子が増えてる! これはヤリ時って奴ねっ?!」

 笑うなりジェノサイダーははさみを構えて飛翔する。

「戦刃さん! 危ない!」
「下がって」

 と苗木は自分の体がふわっと浮くのを感じた。
 抱き抱えられ、飛んでいる。
 戦刃は短いナイフでジェノサイダーのはさみを受け止めていた。

「あららー! やるじゃなーい! しかも、うほっ! 男が男をお姫様だっことか! 萌えまくりなんですけどー!?」
「い、戦刃さん、ごめん。足引っ張っちゃって!」
「大丈夫」

 と戦刃はジェノサイダーの目を見つめたまま、言う。

「・・・・・・苗木クンを巻き込むのは、だめ」
「はい萌え台詞いただきましたー!! ああー! 殺人鬼としての私と! 腐女子としての私と! 殺したいけど殺したくないー! 萌えるー!!」
「おい、ジェノサイダー! この教室で殺しはやめろと言ったはずだぞ!」

 その時、ちょうど十神が来てくれたためにジェノサイダーが退き、事態は深刻にならずに済んだ。苗木の心臓は、初めてジェノサイダーが正体を現した時と同じくらいどきどきしていたが。

「あの、助かったよ、ありがとう、戦刃さん」
「・・・・・・うん」

 よく見ると整った顔に薄いそばかすがあるところも、女子の戦刃と同じだ。
 ただ背丈だけが圧倒的に彼の方が高い。
 苗木はいっそう見上げる形になってしまう。

「戦刃さん、あれだけ強かったら女子にモテるでしょ。あ、男子だから戦刃クン、なんだよね。慣れなくて」
「別に、モテない」

 恥ずかしそうに戦刃がうつむく。

「あ、ご、ごめん、変なこと、言って」
「ううん・・・・・・」
「あの、これ」と戦刃からハンカチを渡されて「落としてないよ?」と苗木は目を丸くした。

「うん、知ってる。それ、私が購買部で買ったんだ」
「・・・・・・それでボクにくれるの?」
「うん、苗木クン、この間、ハンカチがないって言ってたから」
「あ、手洗った時ね」

 よく見ているなと苗木は感心した。
 いや、男子の戦刃があの場を知っているはずはないのだが、おそらく向こうの世界でも同じような事があったのだろう。
 しかしそれはそれとして、なんとなく不思議だ。
 普通プレゼントはこんなにむきだしで渡してくるものだろうか?
 まあ包装紙なんて後は捨ててしまうようなものだから、実利的といえばいえる。

「これ、向こうのボクに渡すつもりじゃないの?」

 数秒黙った後、戦刃はやや暗い顔で「渡せるかどうか分からないから」と呟く。

「え??」
「勇気が出ないから」
「普通にボクが喜ぶだけだよ」
「喜んでくれるんだ」

 と、戦刃むくろは気恥ずかしそうに笑う。

「うん。クリスマスプレゼントって事でいいのかな?」
「クリスマス・・・・・・ああ。キリスト教圏では確かにクリスマスの歌が塹壕に聞こえたりしていたけど・・・・・・」
「そ、そう・・・・・・」

 さすが超高校級の軍人。
 しかし、クリスマスといってもぴんときていないらしい。
 だとしたらこれはクリスマスプレゼントではないという事になる。

「苗木クンにあげたかったから・・・・・・盾子ちゃんにも同じ物にしたんだ」
「江ノ島さんにも?」

 よかったと苗木は思った。
 もしかして戦刃は自分を好きなのではないかと考えかけたのだ。
 おまけに今の戦刃は本来の戦刃ではないので、つい聞いてしまうところだった。
 自意識過剰だよね、とその考えを頭のゴミ箱にすぐに捨ててしまう。

「誕生日だし・・・・・・」
「ああ、そうか誕生日・・・・・・え?! クリスマスイブに生まれたの?」

 驚きだ。それは毎日人は生まれているわけでその中にはクリスマスイブに生まれる人間くらいいるだろうが、それにしたって驚きだ。

「あれ? ってことは戦刃さんも誕生日なんじゃないの?」
「うん」
「ごめん、何かあげられるものがあったらよかったんだけど・・・・・・」
「ううん。誕生日だから、自分のために、苗木クンに何かプレゼントしたかっただけだから、もう十分」
「だったら、ボクもボクのために、戦刃さんに何かプレゼントしたいな」
「・・・・・・うん」

 やはり恥ずかしそうに、戦刃は微笑む。
 自分よりも背の高い男には似つかわしくない表現かもしれないが(可愛いな)と、苗木はふと思った。
 しかし、この後、妹にとっつかまった戦刃むくろ(男)が受けていた説教は、実に可愛くなかった。

「っていうかさあ、残姉ちゃん、じゃなかった、今は残兄ちゃんかー。いまいちゴロが悪いわー、向こうの私は大変ねー」
「・・・・・・盾子ちゃん、何か、やった?」
「やってねーのが問題なんだろっつの」

 不機嫌そうな盾子に萎縮するのは男でも女でも同じである。
 空き教室、長い足であぐらをかいて、机の上に座っている。

「あのさ、残兄ちゃんは、苗木が女だろーが男だろーが好きなんでしょ?」
「苗木クンは・・・・・・いつも可愛い・・・・・・」

 苗木の事を語る時だけ、少し戦刃は感情を動かす。

「でしょ? 要するにね、優しい私様はこう思ったわけ。男同士なら、むりやり、やっちゃう事ができるだろって」
「・・・・・・やっちゃうって・・・・・・できない・・・・・・」

 青い顔になる戦刃。
 しかし、他人の絶望は妹・江ノ島盾子の大好物なのである!

「それがいらいらしてんだろっつーの! あれだ、命令です! やっちゃいなさい!」
「む・・・・・・無理だよ・・・・・・」
「私様の命令は絶対なの!」

(どうしよう・・・・・・苗木クンに嫌われる・・・・・・でも、言う事を聞かないと盾子ちゃんに嫌われる・・・・・・だけど、この盾子ちゃんは盾子ちゃんじゃないんだし・・・・・・)

 珍しい事ながら、今、必死で戦刃は自分の頭でどうするべきか、考え始めていた。
 
(だめ・・・・・・無理・・・・・・分からない・・・・・・)

 戦刃が優秀な兵士だったのは、戦刃が男であれ女であれ、任務に忠実だったからだ。
 自分の頭で考える事は生き抜く事、戦う事だけで、感情的な選択肢を避けていられた。感情的な選択においては、自分では正しい道を選んでいるつもりでも、いつもどこかずれていて、残念なのだ。

(どうしよう・・・・・・)

「あれ、戦刃さん、どうしたの?」
「苗木クン・・・・・・」

 じっと、戦刃は苗木のゆれるアンテナめいた髪の毛の束を見ている。

「あ、もしかして、これ欲しい? だったらあげるけど」

 と言った苗木はもちろん、冗談である。

「欲しい」

 と頷いた戦刃の方は残念ながら、冗談ではない。
 妹がいらだっているのは、自分がふがいなくて、苗木に何もできていないからだ。
 だから、苗木からプレゼントの一つでも貰ってくるような甲斐性があったら、きっと妹だって怒らないはずだ、と思ったのだ。
 苗木を江ノ島のひどい命令から守るためである。

「え、冗談なんだけど、あの、戦刃さん、何そのナイフ。ちょっと、えっ、えええ!!」

 じゃきっと嫌な音が頭頂部でする。
 人生のこれまで苗木は、常に頭にアンテナを生やしていた。
 何度か、そこだけ伸びてくる髪の毛を切ったのだが、切っても切っても生えてくるので、そのうち諦めた。
 それをナイフでばっさり切られるのは実に久しぶりの事である。
 自分のバカな冗談を真に受ける戦刃は、やはり男だろうと女だろうと、苗木のよく知っている戦刃むくろだった。

「盾子ちゃん、やったよ!」

 嬉しそうに飛び込んできた残念な同胞に、「えーマジで?!」と江ノ島は口をあんぐり開いたが、その手に握られている、見慣れたアンテナを見ると、噴き出した。

「あははははは何それ。あんたって本当に残念! いやこれはだめだわ、いやいやないわ、やるってそれじゃないよ? でも、まあ、これはこれで、許したげる、いやいや、今苗木ってアンテナないの? やべーやべー!!」

 向こうの世界とのねじれが取れ、女子の戦刃が戻ってきて――アンテナのなくなった苗木はしばらく幸せそうに自分のアンテナを握っている戦刃むくろを見る事になる。

(向こうの戦刃さんも、ボクのアンテナ切ったんだ)

 不用意な事は言わないようにしよう。と心に誓う。
 しかし、それはそれとして、あんなもので喜んでくれるなら、もう少しいいものを代償にすればよかったかな、と、お人よしな苗木は思うのだった。

【完】

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