実はモテています(女子→苗木SS)




 ある日、深刻な顔で桑田が苗木に相談してきた。

「なあ苗木、お前ってモテるだろ」
「え、何言ってんの桑田クン。大丈夫?」

 苗木からすれば、超高校級の野球選手、桑田が自分をからかってるとしか思えない。
(それにしても桑田クンは頭の中、女子のことばっかだなあ・・・・・・)
 女子にモテたいから、野球をやめて、バンドを目指すというところからも、その行動の指針がうかがえる。
 草食系男子が増えているという昨今では、かなり古風な男子と言える。

「いーや、お前はモテてる! 去年のバレンタインだってなぜかお前の方が俺より、チョコ貰ってただろ!」
「あのさ、それより絶望のパレードが日に日に盛んになってきてるよね? ボクそれについての相談かと思ったよ?」
「ああ、あんなんどうだっていいんだよ。あれは政治とか宗教だろ? 俺はそんなことよりモテてーんだよ」

 ひらひらと手を振る桑田。
 苗木の信条とは異なるが、ここまで貫き通してくれればいっそ見事である。

「うん・・・・・・それはそれで違わないっていうか、いいと思うよ。だけど、ボクはモテないし、いいアドバイスとかできないよ」

 チョコを貰ったのだってむしろあれは義理だ。
 と、苗木は思っている。

「ボクはほら、この通りの背だし、いつも男扱いされないしさ、ボクと話す女子が多いのも、安心するってことだよ」
「安心すんなら、なんで不二咲はチョコ貰ってねーんだよ、おかしーだろ」
「え、不二咲さんも貰ってたよ」
「そこはよく見てみろよ! お前のチョコとは違った! あの戦刃や霧切やセレスまでお前には渡してたし、舞園ちゃんだってお前には手作りだったじゃねーか!」
「ほらボク意識されないから、皆とよく話すんだよ。だからじゃないかな。舞園さんの場合は、ボク同中だったし」
「そんだけで貰えるのかよ!」
「やっぱり普段接してるからじゃないかな。ほらあれだけ十神クンが好きな腐川さんからも貰ってるし」

 苗木が真剣に言うので、桑田も自分を疑い始める。

「うーん、そういや、お前、女ともよく話してるよな」
「逆にさ、桑田クンは女子が好きって割に話さないよね」
「そーか? 俺、舞園ちゃんにはすげー話しかけてるぞ!」
「それ以外の女子だよ」
「まあ、霧切ちゃんとかもけっこうミステリアスでいいかなーと思うけどさ外面はな、セレスとか腐川とかどうみてもねえだろ」
「それは違うよ!」

 びしっと苗木は指をつきつける。

「え、何お前、セレスとか腐川とか、ああいうのが好みなの? だったら悪かったけど、趣味悪いのは自覚しといた方がいいぜ?」
「そうじゃなくて。つきあうとか、恋愛面であるかなしかじゃなくてさ、友達としてはどうかって話だよ」
「友達か・・・・・・いやー・・・・・・けど、女って話通じねえとこあるじゃん?」

 と桑田はひきつった顔で肩をすくめる。
 基本的に面倒くさいのはいつも苦手だ。

「それは桑田クンが最初から女子と友達になりたくないからなんじゃないの?」
「ぐっ、そ、そんな事ねえ・・・・・・と思うぜ。けど、まあ友達なら、男の方が何も考えなくて喋れるしよ、下手に女子と友達になっちまうと舞園ちゃんに俺に彼女がいるとか勘違いされちまうんじゃねーのってのもさ」
「桑田クンの考えがおかしいんだよ。ボクがモテてるなんて勘違いするくらいだからしょうがないかもしれないけど、希望ヶ峰って、あんまり恋愛関係ないところのような気がする。ボクみたいなタイプには生きやすいよね」

 あははと苗木は笑うが、桑田は笑わない。

「お前みたいなのって?」
「いや草食系っていうか、割と、いじられやすいっていうか」
「なら、何で今はモテてんだよ!」

 拳を握りしめ、ほとんど怒りを表明する桑田である。

「だからモテてないって! 桑田クンが女子を避けてるだけだよ」
「避けてねーよ。可愛い女子はウェルカムだよ! 希望ヶ峰に来る女子は皆美女ばっかだと思ってたのによ・・・・・・舞園ちゃんくらいしかいねーなんてとんだ誤算だよ・・・・・・」
「そりゃ、美貌とか可愛さだけで選んでるわけじゃないだろうし」
「いやいやいやそこもチェックしてくれよ! 大神とかすごすぎんだろ!」
「確かに今は男らしいところあるけど中学時代まで大神さんすごい美少女だったらしいよ」
「ところあるけどレベルじゃねえだろ! お前の目どうなってんの?! ってかすげーもったいない裏話きた!」

 しかし聞いたところで、大神はタイプではないと思い直す。
 何しろ桑田はもっとわかりやすくて可愛い女子がタイプなのだ。

「ったくよー、これなら野球やってた時の方が合コンとかでよっぽどモテたよ・・・・・・ばれたら休部扱いとかにされたけどよぉ・・・・・・タイプじゃねえ女子ばっかいるし、お前みてーなのがモテるしよぉ・・・・・・」
「桑田クンは舞園さんに告白とかしたの?」

 と苗木が真っ直ぐ聞いてくるので、桑田は口から何か吹き出しそうになった。

「いやー、告白とかはねえわー。重いじゃん?」
「そ、そっかあ」

 苗木が安心した態なので、聞いてみる。

「あっ、お前、もしかして舞園ちゃんの事、好きなんじゃねえだろうな!」
「いやっ、そりゃ普通に好きだけど、そのつきあいたいとかそんなこと、考えてないよ! なんていうか・・・・・・たとえばそれが山田クンとセレスさんとかでも、誰と誰でも、カップルができたら、なんか寂しかっただろうなって。ほら、今のクラス、皆、恋愛抜きでなんか仲間っていうか、いい感じだからさ」

 一呼吸置いて、苗木はため息をつく。

「ボクが子供なのかな・・・・・・」

 自分には分からない種類の悩みを相談された気持ちになって、桑田もため息をついた。

「ああ、まあなあ。恋愛って終わっちまうと、後々グループのしこりになるのかもな」

 と桑田は空を見上げて思い返す。
 確かにクラスの女子に告白されてつきあって面倒くさい目にあった事はあるように思う。ほかの女子とつきあい出したら、残りの女子が自分と口をきかなくなった事はある。野球に忙しすぎたし、別に同じクラスの女子でなくても、あの頃は告白してくるよさそうな女子に事欠かなかったのだが・・・・・・。

「はっ、やべえ! ここで女子に総スカンになったら、大神あたりなら殺されるかもしれねえ!」

 それどころでなく、大和田あたりも仁義に反するとか言って何かしてきそうだ。
 ただでさえ、ジェノサイダーは殺人鬼であるしーー。

「くっそ! 俺は何か間違ったのか?!」
「あのさ、誰かとつきあうなら別の学年にしたら?」
「・・・・・・はっ、そっか! そーだよな?! そうだよ! 何も同クラでわざわざ、つきあう事ねーんだよ! 舞園ちゃんは惜しいけどよ! お前、頭いーな!」
「あはは、ありがとう」

 と苗木は笑う。

「てかさ、ごめんな。俺、お前の事、モテてるくせに、誰ともつきあわないとか、モテキかこの野郎死ねとか思ってたけど、悪かったな」
「そんな事思ってたんだ!」

 苗木のアンテナがぴんと真っ直ぐになる。恐怖と驚きの反応。

「いや、普通思うだろ」

 とのたまう桑田の普通は、桑田の観点にある。

「けど、それなら、あれだな。苗木はクラスで誰かとつきあうつもりとかねーの?」
「いやあ、ボクとつきあいたいって人もいないだろうし」
「じゃあさ、もしだぜ? もし誰かお前に告白してきたらどうするの?」
「いや、ないから」

 と、苗木は最初からその可能性をシャットアウトしている。
 桑田が女を友達扱いしないと苗木は言った。
 だが、苗木も苗木で固定観念があるような気がした。
 もっとも桑田は固定観念、などと思ったわけではない。
(モテてるかもしれねーだろ! 俺がこいつなら絶対舞い上がってんのによ)と考えただけだ。

「うちのクラスに江ノ島さんいるでしょ」
「ああ。え、何? お前ああいうギャル系好み? けどあいつさ、つきあってる男いるぜ? 俺、横取りとかはあんま好きじゃねーから、元々狙ってねーんだけど」

 とこれは親切心のつもりで教えてやる。

「いやそうじゃなくて。知ってるよ。江ノ島さんも一学年上の人とつきあってるらしいけど、それだって元々幼なじみみたいなんだよね。うちの学校で、つきあってる人たちってそんなにいないんだって、前に学園長から聞いた事あるしさ」
「へ? この学園ってつきあってる奴いるかいないかとか調べてんの? まあ、授業料無料の代償かー。プライベートそこまで調べんのか、やだねー」
「うん、まあ、ちょっとそうかな。それもあって、つきあう人たちがいないのかもね。でもさ、それはそれで、このまったりした空気、ボクは嫌いじゃないんだよね」
「まあ、俺も嫌な空気はねえクラスだと思うけどよ」

 全員が超高校級。
 全員がいわば人外。
 それは桑田のこれまでいた環境とは違った。
 今のクラスの中では桑田は凡人だった。そして、桑田に羨望にしろ憧れにしろ嫉妬にしろ、特別な目を向ける人間は誰もいなかった。自己顕示欲の強い桑田は、それにむかつきもし、落胆もしたが、同時に変に安心するところもあった。実家にいるみたいに。

「・・・・・・お前、たぶん、誰に告白されてもつきあわねーんだろーな」
「だから、そういうのないって」
「ま、いーや。じゃあさ、別の学年ならつきあうんだろ? 俺が合コン企画したら、絶対に来いよな!」
「え、えー・・・・・・」
「何だよ、言い出しっぺはお前だろーが! 約束したかんな!」

 腕を振り上げて桑田は意気揚々と苗木の前から去った。
 ーーが、教室の外に出て驚いた。
 誰もいないはずの廊下に暗い顔をした女子の群がいたからだ。

「ひっ!?」

 思わず短い悲鳴をあげた桑田の口の前に「黙りなさい苗木クンが気づくでしょう」と霧切が人差し指を当てる。
 
「これは・・・・・・苗木クン・・・・・・告白してもダメなんですね・・・・・・」

 非常に恐ろしい顔の舞園。
 
「そんな事知りたくなかった・・・・・・こんな・・・・・・歌手の世界を甘く見てる野球バカなんかのせいで・・・・・・」
「えっ、舞園ちゃん、それ俺のこと?」

 その質問は無視された。
 戦刃がぼそっと「苗木クン・・・・・・合コンに行ったら彼女、できちゃうのかな」などと呟いたからだ。
 とたんに周囲の空気が剣呑なものになる。

「桑田クン、お願いがありますの。苗木クンは私、ランキングの中で割と高く評価している人ですの。執事候補に加えるにはまだ役不足ですけど・・・・・・合コンには出て欲しくありませんわ。連れていかないで下さいます?」
「あー、それは、けど苗木の決める事で」
「うるせえんだよ!! お前が誘わなきゃいい事だろ、だぼが!」
「ひっ!」

 楚々として訴えていたかと思えばいきなり中指を立ててくるセレス。

「そうですよ! 桑田クンなら、私のお友達の誰かがつきあいたいと思うかもしれませんし! わざわざ合コンなんて企画しなくても誰か紹介しますよ」

 さっきまで恐ろしい顔だったのが想像もできないほど優しく舞園が話しかけてくる。
 これが超高校級のアイドルの処世術なのか。

「えっ、そ、そう。そりゃ嬉しいけどさ、その紹介だと簡単に別れられないじゃん?」
「さいってー!! あんたそういう態度だから、彼女できないんだよ!」

 と朝日奈が罵ってくる。

「え、お前も苗木好きなの?」
「べ。別に私はほら・・・・・・苗木が何か相談されるっていうから、ちょっと気になって、そしたら皆いたから・・・・・・つい・・・・・・」

 立ち聞きしたということらしい。

「やっぱ、あいつモテてんじゃん!」
「てかさ、まこちゃんに女紹介したら、あんた死ぬよ? 私の中では白夜様とできてんだよ」
「って、ジェノサイダー、お前の妄想かよ!」

 じりじりと女性陣に包囲を狭められながら、桑田は思った。
(モテるのも楽じゃなさそーだな・・・・・・)と。
 そして苗木を合コンに誘わないとしたら、どんな理由を付ければいいのかとも思った。仲間外れにしたと思わせたくはないあたり、桑田も苗木に友情を感じてはいるのだった。

【完】


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