苗木クンお誕生日おめでとうギャグ(狛苗で日苗)


「誕生日おめでとう、苗木」
「ありがとう日向クン」

 正直、世界が崩壊していて街の中を絶望に満ちた人々がゾンビみたいに徘徊する世界で、おめでとうもへったくれもないようなものなのだが、苗木は前向きである。
 それに日向がすっかり立ち直ってくれたようなのも嬉しい。

「お前の欲しい物が分からなかったんだけどさ」
「そんなの何を貰っても嬉しいよ」

 と苗木が笑うと、日向は真面目な顔になった。

「悪い、だから、なんかプロフィール見せて貰ったんだ。そのコンピュータに入ってるやつ。アルターエゴに聞いて。苗木って人に人気な物が好きなんだろ?」

 人によっては、これを気持ち悪いと見るかもしれない。
 ストーカーかよと思うかもしれない。
 苗木は単純に嬉しかった。
 日向はまっとうな青年に見えるし、謝るし、調べた事を隠さないからでもある。
 狛枝とは正反対である。
 狛枝は見るからにまっとうでないし、苗木を影からじっと見ている。
 まあ、狛枝も苗木の精神にダメージを与えたりしないのであった。
 苗木はむやみに精神が強い。
 強すぎるのも異常かもしれないと周囲に思わせるほどに。

「うん、ボクってほんと退屈なくらい、普通だから」
「俺もだ」

 と日向は少し恥ずかしそうに同意する。

「だから俺がもらって嬉しいって思うものにしてみたんだ」
「何だろ」
「これだ」
 
 と日向が箱を出してきた。

「花村に手伝って貰ったんだ。この世界じゃ食料も結構限られてるだろ?」
「うん」
「こんな世界だからこそ楽しんだ方が勝ちだって。絶望から立ち直らせるのは美味しい食事だって花村がさ」
「わあ、嬉しいなー」

 日向が変な物など持ってくることはありえなかった。
 だが苗木が、箱をあけると、そのB4サイズの底いっぱいに、緑色の柔らかい丸い物体が敷き詰められていた。
 最初に苗木は、日向が箱を間違えたに違いないと思った。
 恐る恐る日向を見上げると日向は「あれ?」という顔でいる。

「苗木は草餅を食べた事ないのか?」

 どうも苗木の怪訝な表情を、そう解釈したらしい。

「う、うん。ないかな。法事とかあんまりうちなかったし……」

 核家族で、しかも母親と妹の好みは洋菓子の方に傾いていた。
 誕生日ならばケーキが定番ではないのだろうか。
 いや和菓子にしても、誕生日に箱いっぱいの草餅って!
 日向はものすごく普通に見えるし、たびたび普通な所を見せるのに、時々こういう度肝を抜く真似をする。

「いいんだぞ草餅は体にいいし! 中のあんこの甘さと草餅の苦みのギャップがいいんだ!」
「そうなんだ」

 熱く語る日向。
 とりあえず日向に喜ばれそうな物は分かった。
 苗木だってこれがこんなに大量になければ、喜んだだろう。
 まさか、これを1人で食べるべきなんだろうか。

「誰かに分けたり――しないでいいよね、もちろん」

 人の感情を表情から読み取る能力。
 それが男性は女性に比べて著しく低いという。
 ただ苗木は――たぶん、同じクラスのどの女子よりも、その能力が卓越している。
 その能力は苗木の人生を、割と悲惨な物にしている。
(え、俺がせっかく贈ったのに分けちゃうの?)と日向は顔いっぱいで言っていて、苗木は即座に発言を方向転換した。

「ああ、ぞんぶんに食べてくれ。たぶん一日くらいずっと草餅を食べ続けられるぜ」

 それはおそらく日向にとっては天国のような一日なのだろう。

「待ちなよ日向クン!!」

 ばーーんとドアが開いた。

「苗木クンにふさわしい誕生日プレゼントとは思えないな!」

 誰も言わない事を簡単に口にしてのけるのが狛枝の美点でもあり欠点でもある。
 苗木は誕生日に一人不用意に仕事をしていたことを今後悔しはじめていた。
 かつてはそんな事をしていたら危険な目にあう(ただでさえ超高校級の不運なのだ)と自覚していたのに。

「苗木クン、ほら、これ」
「わあカートで運んでくるなんて重そうだね――」

 まずその気持ちが重い。
 が、苗木は少ししか驚かなかった。強靭な精神力。

「ブルーラムだよ。飲むと退廃的で虚無的な気持ちになれるんだ」

 そんな気持ちになりたいと苗木は思えない。
 絶望と闘っているのに退廃的で虚無的な気持ちになりたいわけがない。
 だが、これが狛枝の精一杯の好意なのだと受け止めた。

「もちろん苗木クンがいつも前向きで頑張ってる事はボクも分かってる。だけど、たまには弱音を吐きたくなる時もあるんじゃないかと思ってね。このドリンクを飲んでボクの事を考えてくれたらいいなあって……」
「ありがとう」
「苗木むりしなくていいんだぞ」

 いやむりする必要はあるだろう。苗木の仕事は、狛枝や日向の精神状態を絶望から回復させることで、おおむね成功したはずとの報告を上に送っている。
 今さらあの報告は間違いでした、という報告を送りたくはない。

「いや、嬉しいよ。ボク好き嫌いないし、これってエネルギードリンク? 栄養剤とかそういうのなんだよね。疲れてるから助かるなあ」
「よかった。そう思って100本パックを頼んじゃった」
 
 それはさすがにやり過ぎだ。
 しかし何も今ここで100本ラッパ飲みしろというわけではないだろう。
 草餅と違ってブルーラムは缶だし、日持ちがする。

「わーありがとう」
「飲んで」

 狛枝が笑う時、目も一緒に微笑んでいる時とそうでない時がある。
 今はそうでない時だった。
 苗木のアンテナが逆立った。
 狛枝は非常に美しい男だが、苗木も男なので美形度合は狛枝に対する評価をあげない。

「う、うん」
「お前変な薬でも入れてんじゃないだろうな」
「失礼だな。そんな事、苗木クンに対してするわけないでしょ。そんな事言う日向クンの方が何かしこんでるんじゃないの?」

 どのみち食べ、飲まなければならない苗木なので、そんな事を言って欲しくなかった。

「二人のおかげで、飲み物と食べ物がそろったね。そこの冷蔵庫に氷があるから、皆でお茶にしない?」

 こうすれば少なくとも二人分の草餅とブルーラムを消す事ができる。
 そして万が一だが何か仕込まれていた場合、全員倒すことができる。

「草餅か……」
「何だよ草餅は誰にとっても正義だろ」

 どうも日向は自分のふつう具合に過剰な信頼を置いているようである。
 草餅イコールすべての人のソウルフードではないのだが。

「いや、味はいいんだけど餅だよ? ボクだよ? 喉を詰まらせるに違いないよ」
「そうか」

 なんだか日向の目に期待の色が宿った気がするが、きっと苗木の、気のまわしすぎだろう。

「苗木クンが喉を詰まらせるなんて絶望だよ!」
「えっ苗木?」
「ボク?!」
「だって今のボクにとって不運な事って苗木クンが酷い目に遭う事だからね」
「そうだな……分かった、お前はここから去れ。俺と苗木でお茶をする」
「それはずるいよ。だってボクと日向クンなんてクズ度数で似たようなものじゃない」
「一緒にするな!!」
「ま、まあまあ、大丈夫だよ。気をつけて、喉につかえないようにして食べるから」

 話が進まない。仕事も進まない。
 苗木は皿をだし草餅を並べた。

「大きいねー。喉に詰まりそう」
「お前の喉に詰まったら俺のラッキーだな」
「日向クンも言うようになったよねー」
「あ、美味しい」

 和菓子を食べつけていないからか、こんなに美味しい物を食べた事がないくらい美味しい。
 頭を使っていたせいもあるのだろう苗木はもぐもぐと草餅を平らげた。

「おいしい」
「苗木クン、ボクの飲み物も飲んで」

 やはり笑わない目で狛枝が言ってきたので、苗木は素直に飲む事にした。
 甘い草餅を食べていると飲み物が欲しくなってきもした。
 ただ味のついたエネルギードリンクが草餅と食い合わせがいいかどうかは謎だが。

「うん不思議な味……だね」

 しかし決してまずくはない。草餅との食い合わせは最悪だったが、エネルギードリンクをごくごく飲んでいると舌がそちらの味に慣れてきた、ような気もする。

「んんんぅぅぅ……苗木クンがボクの飲み物を飲んでくれて」
「お前が言うとなんか変態くさいからやめろ」
「……」

 苗木は二人の会話に口を挟まないで済むように、ますますドリンクを必死で飲んだ。
 缶一本を飲み干すと、「ごちそうさまでした」と手を合わせる。

「苗木クン、大丈夫だよ、まだあるよ」

 狛枝が次の缶の封を開けて、差し出してくる。

「こっちも、まだあるからな」
「いや、今はおなかいっぱいだから……」
「遠慮するなって」

 人は自分の好意が喜ばれるものだと確信を持っている時、こんな言い方をする。

「そうだね、もうちょっと食べようかな」

 諦めた苗木は草餅をもう一つ食べ、缶をもう一本飲んだ。

「どっちが美味しい?」

 と狛枝が始末に困るような質問を投げてきたので、苗木は草餅を食べ、ブルーラムを飲む事に集中した。
「さあ、どっちだろう、難しい問題だね!」と先送り技を繰り出して。
 しかし、狛枝は「じっくり飲んでみたら良さが分かると思う」などと言い出す。
 苗木はこれまで狛枝とじっくり向き合っているが、その良さよりも彼の奇抜さの方を深く感じているのだが……。いやそこも良さなのかもしれないが……。
 とにかく三個の草餅と三本の缶を飲み干した時、苗木は夕食を抜こうと決意していた。

「うん、ありがとう二人とも。じゃあ、ボクこれからまだ仕事があるから」
「もう一本いかない?」
「これ以上飲むとそのブルーラムを嫌いになりそうで……」
「草餅はどうだ?」
「ボクのこの体を見ると分かると思うけどそんなに食べられないから……」

 やや目が淀んでいる苗木。
 ここに山田が生きていたらレイプ目とでも言いそうな状態になっている。

「そうなの?」
「そうなのか?」

 ふと苗木は何かおかしいような気がした。
 狛枝がおかしいのはもう前提と言うか誰もが知っているが、苗木が知る限り日向はもうちょっと常識がある人間だったはずだ。
 なぜここまで勧めてくるのだろうか。
 彼らがまだ絶望でこの食べ物の中に何かしら仕掛けがあるのではと思えてくるほどだ。

「あの、なんでそんなに食べさせたいの? ボクを太らせて丸焼きにするつもり?」
「それなら食べでのありそうな花村クンをセレクトするだろうし、そんな事じゃないよ」
「狛枝はいちいち発言が怖いが、そういうんじゃない、そうじゃなくて、その」
「分かった。あと一個と一本ずつ。それでもう、終わりだよ」

 遊園地で子供にあと一個だけ乗り物に乗ったら帰ると宣言している父親のような気持ちで、苗木は次の草餅とブルーラムに取り掛かる。
 食べ終わると死に近づいたと思った。本当に胃が満杯だ。喉元まで食事を詰め込まれた感じだ。
 一つの拷問に近い。江ノ島がこの手段を苗木たちに取らなかった事を感謝した。

「もう入らないし、死にそうだから……ほんと二人の気持ちは嬉しいんだけど……」
「……ああ」

 二人がじっと苗木の顔を見ている。
 日向の頬が心なしか、赤い。

「んぅぅうう。苗木クンがこんな色っぽい事を言ってくれるなんて、日向クンと共同戦線を組んでよかった!」
「あっ、馬鹿!」
「えーと……よく分からないけど……」

 正確には分かりたくないけれども。

「2人の誕生日には、山盛りの好物を食べて貰うってことで、復讐はいいのかな?」
「わあ! 苗木クンにお仕置きまでしてもらえるなんて、今年の誕生日が楽しみだな!」

 ひたすらハイテンションにはしゃぐ狛枝の横で日向は「違うんだ」とか「狛枝の発案なんだ」とか「俺は反対したんだ」とか、必死に言い訳しているが苗木はもはや聞く耳を持たなかったのだった。

【完】



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