狛苗SS(R18)
「苗木君、こんにちは」
「あ、こ、こんにちは」
仲間になってからも慣れない人間というのはいるもので、それが苗木にとっての狛枝だ。
たぶん、彼が自分を尊敬しているからだろうと苗木は思っている。
尊敬されているなんて、恥ずかしいし面映ゆいし、そもそも自分の思いこみだという可能性もあるわけだが、狛枝の場合は間違いない。
当人がそう主張してきたからである。
「ボクは苗木君の事を尊敬しているんだよ」
「あ、ありがとう?」
「だってね、君はあの最悪の絶望、江ノ島盾子を倒したんだよ、ほかに誰ができただろう。あまたの希望が倒されたのに、君だけは、彼女を倒せた。そしてその君がボクと同じ力の持ち主なんて。ああ、君の方が代償がないし、君と比べたらボクなんてゴミ虫どころか産業廃棄物なんだけどね」
などなど、ぺらぺら喋ってきたのである。
(変わった人だよなあ……)
年上の人に対して、そういう感想を抱く事に罪悪感がある。
それに、彼は江ノ島盾子に騙されて、ひどい目にあった一人だ。日向たちの仲間で、同情するべき相手だ。意識が戻った事だって奇跡のようなものなのだし、尊敬してくれているのはいい事ではないか。
だが、そういうシチュエーションがこれまでの苗木にはなかった。
良くも悪くもすべてが平均で生きてきた苗木なのだ。
「苗木君! 会えたね!」
「あ、そ、そうだね、狛枝君はどうしてここに……」
「苗木君に会えるかなって思って。あ、ごめんね、気持ち悪いよね。ボクに待ち伏せされてたみたいで……ああ、でも苗木君に嫌われたら、どんな幸福が起きるんだろう、わくわくするな……それも苗木君関連であればいいんだけどな」
という、錯乱っぷりなので、苗木は心を殺す事にした。
それは慣れているのだ。ジェノサイダー翔がしょっちゅう、わけのわからない、キテレツかつお下劣な台詞を口にしていたからだ。いちいち怒る十神はエネルギーのある人間だと思う。
「わかるわ。私もある意味、苗木君を尊敬しているもの」
相談した霧切に言われて苗木はびっくりした。
「えっ……霧切さんが、ボクを? あの、それからかってるよね?」
「いいえ。本当の事よ。貴方は例の事件で、私が追いつめられた時、反射的にかばってくれたわよね」
「いや、それは……でも、全部解決したのは霧切さんのおかげじゃないか。ボクはなにもしてないに等しいよ」
「貴方がいなければだめだった。そういう局面はたくさんあったわ。私が過去によって自分を見失った時でも、貴方はいつも前だけを向いていた」
「あの、かいかぶりだよ」
「そんな事はない」
かぶせるように話しかけてきたのは、今の今まで本を読んでいたように見えた十神だった。
「お前がいたから、俺たちは江ノ島の口車に乗らないで済んだんだ。それについては感謝している」
「えっ、ええっ」
「この十神白夜が尊敬する相手がいるとしたら、お前なのかもしれないな」
「そ、それは、その、ええと……ありがとう」
赤くなった苗木を見ていた二人は、同時に頭をなで始めた。
いっそ苗木の頭がそのままずっと撫でられていれば河童のように、禿げたのではないかという感じの撫で方だった。
(からかわれたのかな? でも、あんな事言ってもらえるなんて嬉しいよな、やっぱり)
とりあえず、本当にほめてもらったのだとして受け取る事にしておく。
「苗木君、顔が赤いよ、どうしたの?」
「あ、狛枝君……」
今日の狛枝はニコニコしていない。心配そうだ。
「熱でもあるの?」
「あ、そうじゃなくて……」
ふと、苗木は2人に誉められたのも、元はといえば狛枝が誉めてくれたおかげなのだ、と考えた。
そこで、自慢話にならないように注意しつつ、自分の身に起きた事を話してみる事にした。
「ああ……そうなんだ」
「うん。彼らとは仲間としてずっとやってるけど、尊敬してる、なんて言われたのは初めてだし、嬉しかった。なんか、狛枝君のおかげかなって」
「……ふうん」
狛枝は嬉しくなさそうだ。
何か考え込んでいるようにすら見える。
「狛枝君?」
「ボクが最初に誉めた時は、そんなに喜んでなかったよね?」
「いや、喜んでなかったわけじゃないけど……そうだね、少し引いてはいたかもしれない」
正直に白状する。
「狛枝君はボクより年上だしさ、尊敬なんて今まで言われた事なかったし、ボクの事なんてそんな知らないじゃないか。え、何で? って思った方が先だったかもしれない」
「知ってるよ、君の事。ボクは江ノ島盾子の元にいたからね。君の事、いろいろ見てたよ」
「あ、ああ、そうなんだ……」
「絶望のそばにいて、それでもボクは希望を信じたかった。君みたいな人を信じたかったんだ」
「……狛枝君」
自分は狛枝を傷つけたのだろうか、と苗木はここで初めて気づいた。
ただ、誉められた事が嬉しくて、それも狛枝のおかげだと言いたかったのに、狛枝は己と、苗木の仲間の霧切や十神を比較して、「自分の言葉の方はまっすぐに受け取ってくれなかった事」に拘っている。
「あ、あの、狛枝君、ごめんね。最初引いちゃって」
「ううん。いいんだよ、当然の事だもの。ボクみたいなカスに誉められるなんて侮辱でしかないって気持ちはよく分かるよ。むしろ気持ち悪いだろうに、ボクにふつうに接してくれたのに感謝しか湧かないよ」
「い、いや、そんな……」
狛枝を苦手とする第二の理由はこの過剰きわまりない自虐癖である。
いつの間にか、その目は見開かれ、口元には笑みがある。
「だけどね、ボクは自分の言葉を真似されるのって嬉しくないみたいだなあ。だって最初に苗木君を尊敬しているって言ったのはボクなのに、苗木君は、皆に言われた方がずっとずっと嬉しかったんでしょ?」
「いや、ずっとずっとじゃなくて……比較的素直に受け取れたというか」
「ボクは、苗木君の事、かなり好きなんだよ」
「そ、そうなんだ……」
「それも真似されちゃうのかな」
ぽつりと狛枝が呟く。
「好きって言われていい気持ちになれるのはやっぱり仲間の方だよね。君にとっては急に出現した信奉者のボクの方じゃないよね」
「……狛枝君。そんな事、ないよ。ただ、どう返していいか、分からないだけで……」
「優しいんだね、苗木君は」
本当に優しい、と狛枝は言う。やはり目は見開かれ、口元しか笑っていない。不吉な笑い方だ。絶望の笑い方だ。
「ボクは考えないと。彼らが真似できないような事。オリジナリティがないのがよくなかったよね。そうだよね、苗木君」
「狛枝君……」
苗木は彼女を思い出しながら立ち上がった。
心の中で警報が鳴り響いている。
「それに苗木君と親しくなろうなんて、ボクみたいなのが考えるべきじゃなかった。だって苗木君がそんなボクなんかと仲良くなってくれるわけないんだからさ」
「そんな事……ない!」
「いいんだよ。そうでなくちゃいけないし、ボクが希望の皆と同じアプローチをしていたからいけないんだ。苗木君に迷惑をかけるだろうにね」
「狛枝君、怒るよ?」
毅然とした態度をとったつもりだったが、苗木は顔を赤らめ、涎でもたらしそうな顔色になる。ずいっと距離が詰められる。
「うん、ごめんね。苗木君、こんな事、すごくしたかったんだけど、苗木君はボクを嫌っていいんだよ。いや、きっと間違いなく嫌うだろう。嫌ってくれなければ、ボクは幸せでどうなってしまうか、分からないし、それにこれなら他の誰もまねできない。君が大好きな霧切さんもね」
「ええっ、な、なんで大好きなんて……」
「だから、そりゃ、分かるよ。ずっと見てるもの」
にいっと狛枝が笑う。その笑みにはどこか不吉で空虚な影がある。
ちょうど、江ノ島盾子がそうだったように。
気づいた時には、すでに行為は始まっていた。
苗木の体はうつぶせにされていた。しかし、全体が床につくわけではない。腹の部分は台に乗せられて、ちょうど自動的に四つん這いになるようにされていた。差し出されるようにされた尻の部分を、狛枝が貫いていた。身をよじって、その楔から逃れるには、体力があまりにも違いすぎた。
「こっ、狛枝君、もうやめてぇ……もうやめてよっ……」
「ごめん、ほんっと、ごめんね……」
謝る割には、口調の中に艶が混ざっている。男の証が屹立して、腸の内側をぐちゅんぐちゅんと行き交っていく。その都度、自分の内側に、わずかに感じる部分があって、苗木は怯えた。そこを今にも狛枝が突き止めて、ざっくりと快楽のとどめを刺してきそうな気がした。
「何で……何でこんな事……」
「好きだからだよ」
当たり前じゃないかとでも言いたげな口調。
一言ごとに、狛枝は動きを止める。動きを止めたい一心で、さっきから必死に話しかけている苗木のそれは、下手をすれば睦言にも聞こえてしまうだろう。
「あの、どうして、いつからっ」
「こうしたかったって?」
「ひっいいいっ!」
怖いものでも見たように目を大きく見開いて、ぐりぐりっとねじこまれたペニスの刺激に対処する。辛いだけではなかった。皮膚一枚をへだてた後ろから直にペニスをしごかれているような感覚がある。
もはや何度精液を吹き上げたか、分からなかった。腹にべとつく感触を、狛枝は長い指で腹に広げる。
「苗木君、さっきからボクに動いてほしくないんだよね。だから、話しかけてくれるんだ。知ってたよ。でも嬉しいなあ。苗木君とえっちして、しかも、会話の相手までしてもらえるなんて……」
ばれていたのだと、口をぱくぱくさせる。
「ここまでして苗木君がボクを嫌いになってなければ、不思議だよ。ね、嫌いだろ、ボクの事。でもボクがしたような事を他の誰もできない。だから、ボク以上に誰かを嫌いになんてなれない。ボクは嫌悪の分野において、苗木君の特別になれたんだよ! 嬉しくてぞくぞくするよ! ねえ、苗木君、そうだろ?」
この長台詞の間も、狛枝の手が苗木の乳首を親指と人差し指でねじるようにしていく。
「ひぐっ、ひっ……! だめっ、それっ……」
快感の一歩手前のような痺れは、股間の高ぶりと直結して苗木をどこかおかしくさせる。そして、その感覚のままに、後ろを締めつけて、ますます、自分を狂わせていく。
「苗木君、答えて。ボクが嫌いだよね?」
「……ううん」
「それじゃ、だめなんだよ。ちゃんと答えて。ああ、もっとして欲しいって事?」
望む答えが返ってこなかった事にじれて、狛枝は、ぶつかりあう肌の音が響くほどに、何度も行き来する。
「んああ! あぁ……つ、ああんっ! ふあっ!」
「いい声。気持ちいいんだ。苗木君が淫乱だったなんて知らなかったよ」
幸せそうに狛枝は苗木を誉める。
「出すよ? いいよね。苗木君もよくなるもんね……ああっ、きもちいいなあ、苗木君の中にボクの汚れた液体がしみこんでくんだよ、すごくいいよ本当に最高の気分だ」
「ふっ、ああっ……あっ……!」
ついに収まりきれなくなった精液が苗木の穴から、太股に伝っていく。
目を閉じ、恥ずかしさを感じる。ぬらぬらした内蔵の内側をすべて狛枝で占められている。それは征服の一形態に思われた。
「苗木君、もうおなかいっぱいなんだね」
苗木の羞恥を煽るように、狛枝の手が腹部を撫でる。
「ねえ、そんなに気持ちいい? だからボクを嫌いになんてなれないの? ねえ、こんな事、他の誰かにもしてほしい?」
それから、はっとしたように顔を強ばらせる。
「だめだよ。だめだからね。だって、こんな事、だめだから」
「狛枝君……しないよ」
しないというかさせないというか、とにかく狛枝が妙な不安にとりつかれたらしいのは、苗木にとって幸いだった。
しかし、ここまでされても、この頭のおかしな男を嫌悪できない上に、どうにも憎めないのはどうした事だろう。
(たぶん、狛枝君が不幸だからかもしれない)
「嫌いになれなくて、ごめんね。狛枝君。でも、他の人としたりしないよ。だから大丈夫だよ」
「そ、そんなのだめだよ! 幸せで死んじゃいそうになるよ!! ボクだけが苗木君とえっちできたなんて……! はっ、もしかしてボクを嫌いすぎて死んで欲しいからそんな事を言ってるんだよね。そうだ、全部嘘なんだ!」
と、どうも思考が一回りして、そんな事になったらしい。
目がまたおかしな色を帯びている。
「狛枝君……」
違うなんて言わなければいいのかもしれないと苗木は思いつく。
どうも狛枝の前では素直に振る舞いすぎて、墓穴を掘ってしまっている。ここで、そうだ、と言えば狛枝は満足して、苗木にかまわなくなるのかもしれない。永遠に、苗木に嫌われたと勘違いして、それで幸せに生きていくのかもしれない。
それが狛枝の望みなら、そうしてやるべきなのかもしれない。
これまでも苗木はいろんな人間の希望に寄り添って生きてきたのだから。
「うん、嫌いだよ、狛枝君」
(……あ、失敗した)
言ってから狛枝の丸くなった目に、思う。
だって狛枝は、嫌われたら、それで満足してもう苗木に近づいてこないだろう。
(ああ、そうか、ボクは狛枝君と一緒にいたかったんだ。彼に希望を持たせたかったのに……)
「やったあ!」
身繕いをしながら、狛枝は幸せそうに微笑んだ。
これで思った通りの展開になったのだろう。ただ、苗木の胸が痛むだけで……。
ところが狛枝は、笑った目から涙をぼろぼろとこぼす。
「……狛枝君?」
「これで望み通りだ。苗木君が人を嫌うなんて、本当に滅多にない事だもんね。そうだよ、これで苗木君はボクを特別にしてくれたんだ。ああよかった。嬉しいよ。ボクらはこれで、ずっと特別な関係だ。幸せだけど、すごくすごく胸が痛いよ。大好きな苗木君に嫌われて、もう顔も見たくないって思われてるんだよ。最悪だよ、最悪で最高で……」
戒めが解かれ、苗木はのろのろと起きあがる。
「……絶望的だよ」
と、言っている狛枝の胸にしがみつく。
「どうしたの、苗木君。ちゃんとボクを嫌いだよね? 嫌いじゃなきゃ困るのに、何で、そんな抱きついてきたりするの?」
「ごめん、嘘」
「嘘……? 嘘って、何が?」
「狛枝君は、不幸でいたいんだよね? だけど、ボクはその手伝いなんてできないし、したくない。狛枝君が望んでくれても、ボクは狛枝君を嫌いになれない」
「こんな事したんだよ!」
「狛枝君にされる事なら、いいんだよ」
「っ……!」
狛枝が顔を赤くして、苗木を突き飛ばす。
「だめだめだめだ! そんな、そんなの、どんな不幸がくるか……苗木君に苗木君に何かあったりしたら……ボクは……」
がたがたと震える狛枝は、今度は一転して真っ青になっている。
「どうしても怖かったら、狛枝君が勝手に不幸になってればいいんだと思うよ」
ため息をついて、苗木は提案する。
「か、勝手に?」
「うん。セルフプレイでお願いします。怖いって事は不幸って事になるよね?」
「そうかな……苗木君がこんなにボクに優しくて、ボクは怖くてたまらないし、苗木君に何かあったらって思うと頭がおかしくなりそうで……」
「うん、それは不幸な事だよ」
と、頭を抱えている狛枝に、苗木は指摘する。
といっても「実際に起きた不幸」ではなくて、「狛枝が頭の中でこしらえて勝手に不安になっているがための不幸」なのだが。
「狛枝君はそうやって、ずっと自分で不幸なんだから、大丈夫」
「そう……かな。大丈夫、なのかな。そうかもしれない。これからも苗木君を手に入れる度に、苗木君が他の誰かにもえっちな目で見られるんじゃないかとか、他の誰かにとられるんじゃないかとか、ああ、どうしよう!!」
セルフである。どこまでもセルフである。
「……うん」
と苗木はため息をついた。それから少し笑った。
「分かった? だから大丈夫だよ、狛枝君」
「苗木君って頭がいいね。大好きだよ」
狛枝が傍らに膝をついて、抱きしめてくる。
「幸せで怖くて不幸で……希望があるね」
【完】
「苗木君、こんにちは」
「あ、こ、こんにちは」
仲間になってからも慣れない人間というのはいるもので、それが苗木にとっての狛枝だ。
たぶん、彼が自分を尊敬しているからだろうと苗木は思っている。
尊敬されているなんて、恥ずかしいし面映ゆいし、そもそも自分の思いこみだという可能性もあるわけだが、狛枝の場合は間違いない。
当人がそう主張してきたからである。
「ボクは苗木君の事を尊敬しているんだよ」
「あ、ありがとう?」
「だってね、君はあの最悪の絶望、江ノ島盾子を倒したんだよ、ほかに誰ができただろう。あまたの希望が倒されたのに、君だけは、彼女を倒せた。そしてその君がボクと同じ力の持ち主なんて。ああ、君の方が代償がないし、君と比べたらボクなんてゴミ虫どころか産業廃棄物なんだけどね」
などなど、ぺらぺら喋ってきたのである。
(変わった人だよなあ……)
年上の人に対して、そういう感想を抱く事に罪悪感がある。
それに、彼は江ノ島盾子に騙されて、ひどい目にあった一人だ。日向たちの仲間で、同情するべき相手だ。意識が戻った事だって奇跡のようなものなのだし、尊敬してくれているのはいい事ではないか。
だが、そういうシチュエーションがこれまでの苗木にはなかった。
良くも悪くもすべてが平均で生きてきた苗木なのだ。
「苗木君! 会えたね!」
「あ、そ、そうだね、狛枝君はどうしてここに……」
「苗木君に会えるかなって思って。あ、ごめんね、気持ち悪いよね。ボクに待ち伏せされてたみたいで……ああ、でも苗木君に嫌われたら、どんな幸福が起きるんだろう、わくわくするな……それも苗木君関連であればいいんだけどな」
という、錯乱っぷりなので、苗木は心を殺す事にした。
それは慣れているのだ。ジェノサイダー翔がしょっちゅう、わけのわからない、キテレツかつお下劣な台詞を口にしていたからだ。いちいち怒る十神はエネルギーのある人間だと思う。
「わかるわ。私もある意味、苗木君を尊敬しているもの」
相談した霧切に言われて苗木はびっくりした。
「えっ……霧切さんが、ボクを? あの、それからかってるよね?」
「いいえ。本当の事よ。貴方は例の事件で、私が追いつめられた時、反射的にかばってくれたわよね」
「いや、それは……でも、全部解決したのは霧切さんのおかげじゃないか。ボクはなにもしてないに等しいよ」
「貴方がいなければだめだった。そういう局面はたくさんあったわ。私が過去によって自分を見失った時でも、貴方はいつも前だけを向いていた」
「あの、かいかぶりだよ」
「そんな事はない」
かぶせるように話しかけてきたのは、今の今まで本を読んでいたように見えた十神だった。
「お前がいたから、俺たちは江ノ島の口車に乗らないで済んだんだ。それについては感謝している」
「えっ、ええっ」
「この十神白夜が尊敬する相手がいるとしたら、お前なのかもしれないな」
「そ、それは、その、ええと……ありがとう」
赤くなった苗木を見ていた二人は、同時に頭をなで始めた。
いっそ苗木の頭がそのままずっと撫でられていれば河童のように、禿げたのではないかという感じの撫で方だった。
(からかわれたのかな? でも、あんな事言ってもらえるなんて嬉しいよな、やっぱり)
とりあえず、本当にほめてもらったのだとして受け取る事にしておく。
「苗木君、顔が赤いよ、どうしたの?」
「あ、狛枝君……」
今日の狛枝はニコニコしていない。心配そうだ。
「熱でもあるの?」
「あ、そうじゃなくて……」
ふと、苗木は2人に誉められたのも、元はといえば狛枝が誉めてくれたおかげなのだ、と考えた。
そこで、自慢話にならないように注意しつつ、自分の身に起きた事を話してみる事にした。
「ああ……そうなんだ」
「うん。彼らとは仲間としてずっとやってるけど、尊敬してる、なんて言われたのは初めてだし、嬉しかった。なんか、狛枝君のおかげかなって」
「……ふうん」
狛枝は嬉しくなさそうだ。
何か考え込んでいるようにすら見える。
「狛枝君?」
「ボクが最初に誉めた時は、そんなに喜んでなかったよね?」
「いや、喜んでなかったわけじゃないけど……そうだね、少し引いてはいたかもしれない」
正直に白状する。
「狛枝君はボクより年上だしさ、尊敬なんて今まで言われた事なかったし、ボクの事なんてそんな知らないじゃないか。え、何で? って思った方が先だったかもしれない」
「知ってるよ、君の事。ボクは江ノ島盾子の元にいたからね。君の事、いろいろ見てたよ」
「あ、ああ、そうなんだ……」
「絶望のそばにいて、それでもボクは希望を信じたかった。君みたいな人を信じたかったんだ」
「……狛枝君」
自分は狛枝を傷つけたのだろうか、と苗木はここで初めて気づいた。
ただ、誉められた事が嬉しくて、それも狛枝のおかげだと言いたかったのに、狛枝は己と、苗木の仲間の霧切や十神を比較して、「自分の言葉の方はまっすぐに受け取ってくれなかった事」に拘っている。
「あ、あの、狛枝君、ごめんね。最初引いちゃって」
「ううん。いいんだよ、当然の事だもの。ボクみたいなカスに誉められるなんて侮辱でしかないって気持ちはよく分かるよ。むしろ気持ち悪いだろうに、ボクにふつうに接してくれたのに感謝しか湧かないよ」
「い、いや、そんな……」
狛枝を苦手とする第二の理由はこの過剰きわまりない自虐癖である。
いつの間にか、その目は見開かれ、口元には笑みがある。
「だけどね、ボクは自分の言葉を真似されるのって嬉しくないみたいだなあ。だって最初に苗木君を尊敬しているって言ったのはボクなのに、苗木君は、皆に言われた方がずっとずっと嬉しかったんでしょ?」
「いや、ずっとずっとじゃなくて……比較的素直に受け取れたというか」
「ボクは、苗木君の事、かなり好きなんだよ」
「そ、そうなんだ……」
「それも真似されちゃうのかな」
ぽつりと狛枝が呟く。
「好きって言われていい気持ちになれるのはやっぱり仲間の方だよね。君にとっては急に出現した信奉者のボクの方じゃないよね」
「……狛枝君。そんな事、ないよ。ただ、どう返していいか、分からないだけで……」
「優しいんだね、苗木君は」
本当に優しい、と狛枝は言う。やはり目は見開かれ、口元しか笑っていない。不吉な笑い方だ。絶望の笑い方だ。
「ボクは考えないと。彼らが真似できないような事。オリジナリティがないのがよくなかったよね。そうだよね、苗木君」
「狛枝君……」
苗木は彼女を思い出しながら立ち上がった。
心の中で警報が鳴り響いている。
「それに苗木君と親しくなろうなんて、ボクみたいなのが考えるべきじゃなかった。だって苗木君がそんなボクなんかと仲良くなってくれるわけないんだからさ」
「そんな事……ない!」
「いいんだよ。そうでなくちゃいけないし、ボクが希望の皆と同じアプローチをしていたからいけないんだ。苗木君に迷惑をかけるだろうにね」
「狛枝君、怒るよ?」
毅然とした態度をとったつもりだったが、苗木は顔を赤らめ、涎でもたらしそうな顔色になる。ずいっと距離が詰められる。
「うん、ごめんね。苗木君、こんな事、すごくしたかったんだけど、苗木君はボクを嫌っていいんだよ。いや、きっと間違いなく嫌うだろう。嫌ってくれなければ、ボクは幸せでどうなってしまうか、分からないし、それにこれなら他の誰もまねできない。君が大好きな霧切さんもね」
「ええっ、な、なんで大好きなんて……」
「だから、そりゃ、分かるよ。ずっと見てるもの」
にいっと狛枝が笑う。その笑みにはどこか不吉で空虚な影がある。
ちょうど、江ノ島盾子がそうだったように。
気づいた時には、すでに行為は始まっていた。
苗木の体はうつぶせにされていた。しかし、全体が床につくわけではない。腹の部分は台に乗せられて、ちょうど自動的に四つん這いになるようにされていた。差し出されるようにされた尻の部分を、狛枝が貫いていた。身をよじって、その楔から逃れるには、体力があまりにも違いすぎた。
「こっ、狛枝君、もうやめてぇ……もうやめてよっ……」
「ごめん、ほんっと、ごめんね……」
謝る割には、口調の中に艶が混ざっている。男の証が屹立して、腸の内側をぐちゅんぐちゅんと行き交っていく。その都度、自分の内側に、わずかに感じる部分があって、苗木は怯えた。そこを今にも狛枝が突き止めて、ざっくりと快楽のとどめを刺してきそうな気がした。
「何で……何でこんな事……」
「好きだからだよ」
当たり前じゃないかとでも言いたげな口調。
一言ごとに、狛枝は動きを止める。動きを止めたい一心で、さっきから必死に話しかけている苗木のそれは、下手をすれば睦言にも聞こえてしまうだろう。
「あの、どうして、いつからっ」
「こうしたかったって?」
「ひっいいいっ!」
怖いものでも見たように目を大きく見開いて、ぐりぐりっとねじこまれたペニスの刺激に対処する。辛いだけではなかった。皮膚一枚をへだてた後ろから直にペニスをしごかれているような感覚がある。
もはや何度精液を吹き上げたか、分からなかった。腹にべとつく感触を、狛枝は長い指で腹に広げる。
「苗木君、さっきからボクに動いてほしくないんだよね。だから、話しかけてくれるんだ。知ってたよ。でも嬉しいなあ。苗木君とえっちして、しかも、会話の相手までしてもらえるなんて……」
ばれていたのだと、口をぱくぱくさせる。
「ここまでして苗木君がボクを嫌いになってなければ、不思議だよ。ね、嫌いだろ、ボクの事。でもボクがしたような事を他の誰もできない。だから、ボク以上に誰かを嫌いになんてなれない。ボクは嫌悪の分野において、苗木君の特別になれたんだよ! 嬉しくてぞくぞくするよ! ねえ、苗木君、そうだろ?」
この長台詞の間も、狛枝の手が苗木の乳首を親指と人差し指でねじるようにしていく。
「ひぐっ、ひっ……! だめっ、それっ……」
快感の一歩手前のような痺れは、股間の高ぶりと直結して苗木をどこかおかしくさせる。そして、その感覚のままに、後ろを締めつけて、ますます、自分を狂わせていく。
「苗木君、答えて。ボクが嫌いだよね?」
「……ううん」
「それじゃ、だめなんだよ。ちゃんと答えて。ああ、もっとして欲しいって事?」
望む答えが返ってこなかった事にじれて、狛枝は、ぶつかりあう肌の音が響くほどに、何度も行き来する。
「んああ! あぁ……つ、ああんっ! ふあっ!」
「いい声。気持ちいいんだ。苗木君が淫乱だったなんて知らなかったよ」
幸せそうに狛枝は苗木を誉める。
「出すよ? いいよね。苗木君もよくなるもんね……ああっ、きもちいいなあ、苗木君の中にボクの汚れた液体がしみこんでくんだよ、すごくいいよ本当に最高の気分だ」
「ふっ、ああっ……あっ……!」
ついに収まりきれなくなった精液が苗木の穴から、太股に伝っていく。
目を閉じ、恥ずかしさを感じる。ぬらぬらした内蔵の内側をすべて狛枝で占められている。それは征服の一形態に思われた。
「苗木君、もうおなかいっぱいなんだね」
苗木の羞恥を煽るように、狛枝の手が腹部を撫でる。
「ねえ、そんなに気持ちいい? だからボクを嫌いになんてなれないの? ねえ、こんな事、他の誰かにもしてほしい?」
それから、はっとしたように顔を強ばらせる。
「だめだよ。だめだからね。だって、こんな事、だめだから」
「狛枝君……しないよ」
しないというかさせないというか、とにかく狛枝が妙な不安にとりつかれたらしいのは、苗木にとって幸いだった。
しかし、ここまでされても、この頭のおかしな男を嫌悪できない上に、どうにも憎めないのはどうした事だろう。
(たぶん、狛枝君が不幸だからかもしれない)
「嫌いになれなくて、ごめんね。狛枝君。でも、他の人としたりしないよ。だから大丈夫だよ」
「そ、そんなのだめだよ! 幸せで死んじゃいそうになるよ!! ボクだけが苗木君とえっちできたなんて……! はっ、もしかしてボクを嫌いすぎて死んで欲しいからそんな事を言ってるんだよね。そうだ、全部嘘なんだ!」
と、どうも思考が一回りして、そんな事になったらしい。
目がまたおかしな色を帯びている。
「狛枝君……」
違うなんて言わなければいいのかもしれないと苗木は思いつく。
どうも狛枝の前では素直に振る舞いすぎて、墓穴を掘ってしまっている。ここで、そうだ、と言えば狛枝は満足して、苗木にかまわなくなるのかもしれない。永遠に、苗木に嫌われたと勘違いして、それで幸せに生きていくのかもしれない。
それが狛枝の望みなら、そうしてやるべきなのかもしれない。
これまでも苗木はいろんな人間の希望に寄り添って生きてきたのだから。
「うん、嫌いだよ、狛枝君」
(……あ、失敗した)
言ってから狛枝の丸くなった目に、思う。
だって狛枝は、嫌われたら、それで満足してもう苗木に近づいてこないだろう。
(ああ、そうか、ボクは狛枝君と一緒にいたかったんだ。彼に希望を持たせたかったのに……)
「やったあ!」
身繕いをしながら、狛枝は幸せそうに微笑んだ。
これで思った通りの展開になったのだろう。ただ、苗木の胸が痛むだけで……。
ところが狛枝は、笑った目から涙をぼろぼろとこぼす。
「……狛枝君?」
「これで望み通りだ。苗木君が人を嫌うなんて、本当に滅多にない事だもんね。そうだよ、これで苗木君はボクを特別にしてくれたんだ。ああよかった。嬉しいよ。ボクらはこれで、ずっと特別な関係だ。幸せだけど、すごくすごく胸が痛いよ。大好きな苗木君に嫌われて、もう顔も見たくないって思われてるんだよ。最悪だよ、最悪で最高で……」
戒めが解かれ、苗木はのろのろと起きあがる。
「……絶望的だよ」
と、言っている狛枝の胸にしがみつく。
「どうしたの、苗木君。ちゃんとボクを嫌いだよね? 嫌いじゃなきゃ困るのに、何で、そんな抱きついてきたりするの?」
「ごめん、嘘」
「嘘……? 嘘って、何が?」
「狛枝君は、不幸でいたいんだよね? だけど、ボクはその手伝いなんてできないし、したくない。狛枝君が望んでくれても、ボクは狛枝君を嫌いになれない」
「こんな事したんだよ!」
「狛枝君にされる事なら、いいんだよ」
「っ……!」
狛枝が顔を赤くして、苗木を突き飛ばす。
「だめだめだめだ! そんな、そんなの、どんな不幸がくるか……苗木君に苗木君に何かあったりしたら……ボクは……」
がたがたと震える狛枝は、今度は一転して真っ青になっている。
「どうしても怖かったら、狛枝君が勝手に不幸になってればいいんだと思うよ」
ため息をついて、苗木は提案する。
「か、勝手に?」
「うん。セルフプレイでお願いします。怖いって事は不幸って事になるよね?」
「そうかな……苗木君がこんなにボクに優しくて、ボクは怖くてたまらないし、苗木君に何かあったらって思うと頭がおかしくなりそうで……」
「うん、それは不幸な事だよ」
と、頭を抱えている狛枝に、苗木は指摘する。
といっても「実際に起きた不幸」ではなくて、「狛枝が頭の中でこしらえて勝手に不安になっているがための不幸」なのだが。
「狛枝君はそうやって、ずっと自分で不幸なんだから、大丈夫」
「そう……かな。大丈夫、なのかな。そうかもしれない。これからも苗木君を手に入れる度に、苗木君が他の誰かにもえっちな目で見られるんじゃないかとか、他の誰かにとられるんじゃないかとか、ああ、どうしよう!!」
セルフである。どこまでもセルフである。
「……うん」
と苗木はため息をついた。それから少し笑った。
「分かった? だから大丈夫だよ、狛枝君」
「苗木君って頭がいいね。大好きだよ」
狛枝が傍らに膝をついて、抱きしめてくる。
「幸せで怖くて不幸で……希望があるね」
【完】