狛苗SS(まだ希望ヶ峰学園があった頃)





「苗木君、これ、見てくれる?」
 
 狛枝凪斗。
 彼は苗木と同じ「幸運」の才能を持っている先輩であるが、たまに口から出るのは「どうせボクなんか」とか「屑ゴミみたいなボクにそんな優しい事を」とか、非常に自虐的な人である。
 苗木は苗木なので、変な人に懐かれたかなあ、なんて思わない。
 だいたい、その線でいけば、この希望ヶ峰学園に通っている人間はすべからく、変な人ぞろいになってしまうのだ。

「ええと、これって……懸賞マガジン?」
「うん、何か苗木君が欲しいものはないかと思って。苗木君が欲しい物をあげたくて、選んでみようと思ったんだけど」

 ふつうなら狛枝の直感はびしっと当たる。
 何しろ幸運の才能を持っているのだから、簡単に当たる。
 だが、相手は自分と同じ才能を持っている苗木である。

「苗木君が、ボクからのプレゼントなんかで喜びたくないって思ってしまえば、苗木君の才能が勝ってしまうかもしれないしね!」

 と、自虐発言を堂々するのが狛枝という男である。

「そんな事はないけど……どうして懸賞なの?」
「だったらボクが苗木君に高い物を買ってあげたらどうする? ゲーム機とか?」
「! 断るよ。だって受け取れないもの」

 ぴゃっと飛び上がって、さすがに遠慮する苗木である。

「だろ? ボクは苗木君を理解し始めているんだよ!」

 両手を上にあげて、狛枝はあはははは、と笑う。
 狂った科学者みたいな笑い方だ。背丈も高くルックスも顔立ちは整っているのに、何か根本的なところがおかしい人なのである。
 もったいないなあと苗木は常々思っている。

「だからこその懸賞マガジンさ。さあ、欲しい物を選んで」
「でも、欲しい物って今は特にないなあ」

 正直、この学園に来るまでは色々あった気がする。
 それは苗木も苗木の周囲もドングリの背比べというか、皆、似たような人間ばかりだったからだ。皆、似たような時期に似たようなスマホを買って同じSNSゲームにはまり、友人関係で課金したりしなかったりするのだ。
 だが、この学園に来てからは違う。
 彼らは、皆、違うのだ。皆スペシャルな何かを持っている。
 たとえば音楽CD一つレンタルするにしてもだ。舞園は「え、苗木君、それ借りるの? ふうん……」と言ったりする。「あ、ち、違うよ、これ友達から借りた奴で……」と苗木は言い訳しなくてはいけない。だって、そのアイドルグループは舞園のそれとはライバル関係にあるのだから。
 本を読むならベストセラー、服を買うなら皆が買う場所で。
 そんな苗木はふつう中のふつう。つまり、皆が言うなら、ボクもそうしてみようかなあ、が基本のスタンスで、自分の欲望はなかったのだ。
 もちろん、いい料理を食べれば感動するし、いい音楽を聴けばうっとりするが、それは皆が陶酔するのと変わらなかった。
 苗木は一生懸命そんな自分を、狛枝に説明してみる。

「じゃあ、結局、苗木君には欲しい物はないって事?」

 みるからにがっかりしている狛枝。
 苗木は「ごめんね」と頭を下げる。

「無欲なんだね……そんなところも素敵だよ!」

 心配無用だった。狛枝は狛枝なので、すぐに立ち直る。

「やっぱり、苗木君はいいな。本当にすてきな人だ」
「いや、そんな事、ないけど」

 苗木はどうしてここまで狛枝が自分を持ち上げるのだか、よく分からない。同じような能力を持っていて、狛枝の方がずっと幸運の能力は強いのだ。苗木は希望ヶ峰学園の新入生に選ばれるまで、懸賞にこれといって当たった事はない。
 かたや、狛枝はそれと望めば必ず懸賞の賞品を当てられるのだそうだ。知り合ってすぐに聞いた事がある。

「あるよ。ボクの幸運の才能には代償があるって話したよね?」
「う、うん……」

 苗木が狛枝からの贈り物を拒む理由の一つだ。

「ボクはこれまで色々酷い目に遭ってきたわけだけど、それだって、ボクが幸運を望まなければよかったんだよ。苗木君みたいに無欲だったら宝くじ、当たれなんて思わなかっただろうし、その代償も支払わずに済んだろうね」
「いや、そんなに無欲なわけじゃないよ」
「だったら欲しい物を言ってよ」

 そう来るか。
 苗木は困った。狛枝を失望させたくないが、本当に思いつかない。
 友達との会話がふと、頭をよぎった。
「苗木っちー! 大変だべ! 苗木っちのデート運が今週は最悪だべ!」。超高校級の占いをもってしても、そもそも、デートなんてしない。変な緊張がクラスに走ったのは、きっと、そもそも彼女のいない苗木を皆で慮ってくれたのだ。
(舞園さんも戦刃さんも霧切さんも変な顔してたもんな……)
 苗木は(ああ、そうだ、狛枝君くらい、かっこよければ女子にモテるんだろうな)と思いつく。

「そうだ、だったらさ、狛枝君に教えて欲しい事があるんだ。それを誕生日プレゼントにしてくれる?」
「!! いいよ! 何でも言って! ボクに教えられる事なら」
 
 ぱあっと狛枝が顔を輝かせる。

「デート? とかってした事ある?」

 かなりの間があった。笑顔のままなのに、何か微妙な空気が漂う。

「…………うん、あるけど」
「まあ、予想はつくと思うけど、ボク、ないんだよね。後学のために、狛枝君に定番デートコースを教えておいて欲しいなとか」
「…………うん、いいよ」

 いちいち、間が入る。微妙に狛枝が震えている気がする。

「ボクなんかが……苗木君の手伝いを……できるなんて……とっても……うれしいよ……」
「こ、狛枝君? なんか、会話がロボットみたいになってるよ?」
「そんなこと……ないよ。役にたてて……うれしいよ。次の日曜日にでも……」

 間がある事と、微妙にふるえがちな事を除けば、いつもどおり、どこか、嘘くさいほどの、笑顔の狛枝だった。苗木は首を傾げたが、ともかく、次の日曜日、待ち合わせの場所に向かう。
 狛枝は、10分前に既に待っていた。
 そして苗木に驚愕の事実を教えてくれた。

「え、待ち合わせは遅れていくもの?」
「そうだよ苗木君! なぜなら最近のトレンドは、遅れ男子だからね!」
「そんなの聞いた事ないけど……」
「ちょっと女子をふりまわす。そこに女子がきゅんきゅんくるんだよ」
「そ、そうなんだ……」

 ここまで狛枝が主張するのだから、きっと、そうなのだろう。
 苗木が男女交際に疎いままでいるうちに、恐ろしい時代になったものだ。元々自分をモテる方とも思っていなかったが、そんな時代では、モテるどころか、女子とつきあうのも、難しそうだ。苗木にも、完全なるふりまわされ型だという自覚はあるのだ。

「それで、デートといえば、これだよ!」

 そのまま、狛枝が連れて行ってくれたのは、ゾンビ映画だった。

「ええええ! ボクホラーあんまり得意じゃないんだけど……!」
「うん、そうだろうね」

 それに女子だって、こういうの、あんまり好きそうじゃないように思える。しかし、それは苗木の観点だ。せっかく、狛枝が紹介してくれているのだ。というわけで、がんばって見る事にしたが、途中で何度も狛枝に飛びつき、手をぎゅうっと握ってしまう。

「ごめんね狛枝君……これ、ボクには向いてないような気がする」
「そうだね! 絶対に友達とでも見にきちゃだめだよ!」

 ものすごく念を押す狛枝は目が爛々と輝いている。

「次は、ご飯だね。ボクがおごるから」
「そ、そんなのだめだよ」
「いいんだよ」

 連れて行かれたのは、まるでクラブのようなところだった。
 高校生に見えない、が年上の意味でとれる狛枝には似合っているが、苗木はどう考えてもこんなところ、浮く。

「え、ええと狛枝君、離れないでね?」

 昼間だからかそんなに人はいないのだが、店員の鼻にピアスが開いているのも怖い苗木だ。

「うん、もちろんだよ、苗木君。ところで、ここの蛇料理って平気?」
「へ、蛇料理?」
「うん、ここのバーの名物なんだよ」

 その一時間後。青くなった苗木誠は、狛枝の背中におぶわれていた。

「ごめんね、狛枝君、迷惑かけて」
「ううん、全然! むしろ今日はうまくいきすぎて怖いくらいだよ」
 
 後半の方は、ぼそぼそとした声で、苗木にはうまく聞き取れない。
 せっかく連れていってくれたのにと、苗木はとにかく、申し訳ない気持ちでいっぱいなので「何?」と聞き返したのだが、狛枝は「何でもない」と答える。

「唐揚げはおいしかったんだけど……活き作りまで行くと、さすがに無理だったよ……」
「やっぱり苗木君には、まだデートは早いんじゃないかな」
「え?」
「高校生の本分は勉強だと思うよ」
「でも、狛枝君はデートしたこと、あるんだよね?」
「それはボクはこんなただれた人間だからね。苗木君がボクの真似なんかすることないんだよ。相手の女子だって、勉強する時間を奪われるんだよ。それに、彼女と趣味が合わなかったり、かっこ悪いところを見せたら、苗木君を嫌いになるかもしれないよ?」

 なんだか今日の狛枝はやけに批判的である。
 いつも、苗木をほめたたえる姿勢を崩さないだけに、妙に聞こえる。

「えーと、具体的に誰かとデートしたいってわけじゃないんだよ、狛枝君?」
「え、そうなの?」
「ただ、その、狛枝君が誕生日プレゼントっていうから、いつも学校では話すけど、2人で出かけた事とかないなって思い始めて、それで」
「それで……もしかしてボクと2人で出かけたいって思ってくれたの?」
「うん。デートっていうのは口実なんだよ。狛枝君に質問される前にね、友達が、デート運が最悪とか、そんな事言ってて、それで」
「苗木君……!」

 苗木を背負っていた狛枝の体が、ぷるぷるとスライムのように震え出す。

「ボクは……!」

 その頭に突風で飛んできた看板がヒットした。

「うわあああ!! なっ、こ、狛枝君っ、大丈夫?」
「大丈夫さ。君が、こんなゴミ屑みたいなボクを心配する事なんてないんだよ。ああ、これで今回の幸運の帳尻があうんだ。いや、あうかな? 苗木君とデートできたんだよ? しかもそれがボクとの誕生日プレゼントだよなんて言って貰えるなんて、人一人くらい死んでいてもおかしくないんだから……」
 
 割れた額から大量に出血しながら、狛枝はいつもの調子を取り戻したように見えた。

「ごめんね、苗木君。ボク、君のデートがうまくいかなければいいと思ってたんだ。だって、ボクは、ボクとデートしてほしかったから……」
「狛枝君……男同士はデートって言わないよ」

 自分より一つ年上の狛枝なのに、どこか、頭が弱いように思える。
 だからか、君呼びするように言われて、あまり抵抗がないのだった。
 狛枝は何か言い掛けて「まあいいや……」とやめる。

「まだまだ時間はあるしね」


【完】