女子×苗木で狛苗SS(まだ希望ヶ峰学園があった頃)
いつの頃からか、狛枝はこっそりと、自分よりも相当背が低い、自分と同じ幸運の能力を持つ、下級生を見るようになっていた。
(ボクと同じ能力を持っている子だよね)と最初はそれだけで目で追っていた。そのうちに可愛いと思い始めた。自分と違って、幸運だけの能力だと卑屈にもならず、いつの間にか、皆の輪の中心にいる。
カリスマが彼にはあった。
何より「可愛い」。
(苗木君・・・・・・ああ、苗木君。でも大丈夫、ボクは告白なんかしないからね。ボクみたいなのに、つきまとわれたら、嫌だろうし!)
ところが、いつの間にか、ばれていたらしい。
「あの・・・・・・何か用ですか?」と声をかけられて、退散する事、三回目。
苗木のクラスメートである、オーガこと、大神さくらによって捕縛された。
「あの、なんていうか・・・・・・怪しいものじゃなくて、ただ、苗木君が可愛いなって・・・・・・」
覚悟の上の自白だったが、苗木は狛枝を気持ち悪がらなかった。
ただ「ボク、よくそう言われるんだよね・・・・・・やっぱり小さいからかな・・・・・・いいよね、狛枝君は背が高くて」と、相談を受けただけだった。
狛枝は自分を棚にあげて(苗木君は変わってるなあ!)と思った。
普通の人間だったら、自分を気持ち悪がるのに、苗木誠は狛枝が周囲をうろつく事を許してくれた。
むしろ優しく声をかけてくれたりもした。
そして今。狛枝はいつものように絶望していた。
いつもよりも深く絶望していた。
(苗木君の誕生日を祝おうと思ってやってきたのに・・・・・・ボクなんかがそんな大それた野心を抱いてはいけなかったって事なんだろうなあ)
しょんぼりとして肩を落とす。
手の中にはケーキの箱がある。しかも、手作りである。
色々やってはいけない贈り物なのであるが、ストーカーの自分を受け入れた苗木なら「わあ、ありがとう、狛枝君!」と、あっさり食べてくれるだろうという確信があった。
苗木を呼び出すところまでは、すんなり、いった。
が。
狛枝が待ち合わせば所にたどりつくまでに、先客がいた。
「あ、見つけた苗木君」
「あれ、舞園さん」
「あの、苗木君って今日、誕生日ですよね。あの、いつもお世話になっているので、ケーキを作ってみたんです。今度、その、番組でそういう企画もあるし。その、もしよければ、これ、食べてくれますか?」
女子である。アイドルである。舞園さやかである。
戦闘力が高すぎる。
狛枝が、女子であったとしても勝負にならない強敵だろう。
この場面を見られただけで、苗木には、多くの敵ができるだろう。
(うわ・・・・・・これが今回の不運かあ・・・・・・この不運じゃなければよかったなあ・・・・・・っていうか、胸が痛いよ、ははは)
やや泣き笑いの表情になる狛枝。
(舞園さんって、やっぱり苗木君を好きなんだろうな)
アイドルなんだから、よりどりみどりだろうに、狛枝に言わせれば、趣味がいいにも程がある。他の獲物を狙ってほしかった。
近くの木の影で、狛枝がすでに失恋を確信し、落胆している事はまだ気づかずに、苗木は目を白黒させている。
「え? ケーキ? え、ボクに?」
「ああ、いたわね、苗木君」
そこに、また苗木のクラスメートの女子が登場した。
霧切である。彼女は、この学校の理事長の娘であり、超高校級の探偵でもある。舞園とはまた別の落ち着いた美少女だ。
「これ、作ってみたの。こないだのお礼をするって前から言ってあったでしょ」
「え?」
「今日、誕生日なんでしょう?」
冷静沈着のはずの霧切だが、彼女なりに緊張しているのかもしれない。視界に舞園が入っていないらしく、まっすぐに苗木のところにやってきたし、動きが微妙にぎこちなかった。
(本気? 苗木君に本気なのか、霧切さんまで・・・・・・さすが苗木君だ! とか言ってる場合じゃないよね・・・・・・苗木君が、赤くなってるの、可愛いけど、それはボクのためじゃないんだな)
いつか失恋するのは分かっていたが、早すぎる。
とはいえ、苗木が舞園を「アイドルはおつきあい禁止なんじゃなかったっけ、誤解されるよ」と断ってくれたとしても、霧切には拒む理由が見あたらない。
(苗木君、よく、霧切さんに相談してるしな・・・・・・)
もっともそれは苗木だけではないが。
学園の中で、霧切はトラブル解決役なのである。
「ちょっとお、苗木ーー!!」
「え、江ノ島盾子まで?!」
思わず声をあげてしまったが、それは江ノ島の大声にかき消されたようだった。
「ほら、残姉! 行きなよ!」
「う、うん・・・・・・」
江ノ島が引きずってきたのは、どこか影の薄い、よく似た顔の少女だった。双子の姉、戦刃むくろである。江ノ島は彼女を残念な姉、略して残姉と呼んではばからない。二人とも、かなりずれている。そんな双子の少女たちなのだった。
「あのね、お姉ちゃんが、苗木に渡したいものがあるんだって。ほら、手作りケーキでしたー! 女子高生の手作りケーキ! どうよどうよ苗木! さすがに嬉しいんじゃないの?!」
「じゅ、盾子ちゃん、あんまり・・・・・・苗木君に迷惑・・・・・・だし。あの、この間、集合写真くれたから、お礼」
「っつうか、お礼だけで、ここまでしねえし!!」
大げさな事にしたくないという姉の希望をことごとく破壊し、江ノ島は、べえ、と舌を出す。
きっと彼女は、舞園にも霧切にも気づいているはずだった。
(苗木君、もてるんだね。そりゃそうだよね・・・・・・ボクをこんなに虜にするくらいの希望だもの。でも、戦刃むくろはやめておいた方がいいかな・・・・・・)
と心の中で、狛枝は忠告してしまう。
「あの、皆、ケーキ作ってきちゃったみたいですね」
ここで舞園がまとめた。さすがアイドルである。こんな場合でもきちんとした感じのいい笑顔を見せている。「皆で食べましょうか」というのには、自信があるのだろう。
「そうね。でも苗木君、食が細いでしょう? 私のから食べて欲しいわ」
ずばりと核心に切り込む霧切。自分の意志を押し通す事にかけては、米国人女性並である。
舞園が一瞬、目を曇らせた。それから笑う。
「それは私も一番がいいかな。だって、最初に苗木君に渡したのは私だし。昔、一緒にいたのも私だし」
「あら、そこに順番は関係ないんじゃないかしら。それなら、約束を私だってしてあったわよ」
二人の間にびしばしと緊張感が漂い始める。
「・・・・・・私、ケーキ初めて作ったし、盾子ちゃんに手直しだいぶしてもらったし、たぶんそんなに美味しくないから、もって帰ってくれれば・・・・・・」
一方、戦刃むくろは、早々に戦線離脱な発言をぼそぼそとしている。
彼女は、フェンリルに入って傭兵として数々の扇情を駆け抜けた女子のはずなのだが、こと、好きな男子にかけては、まるで残念な態度だ。
「しゃーらっぷ!!」
江ノ島盾子がそんな残念な姉を怒鳴りつける。
「あんだけ気合い入れて作ったのに、さっさと負け犬志願とか本当に残念すぎるお姉ちゃんだよ! だめ! 分かってんの苗木!」
(あれは確実に面白がってるな・・・・・・かわいそうな戦刃さん)
この中では戦刃の心性が一番、自分に近いため、狛枝は彼女にやや肩入れした。
「苗木君に決めて貰いましょう」
「そうね、異議なしだわ。苗木君、どうするの」
「苗木! お姉ちゃんを選ばないと、後でひどいよ? マジで絶望的な目にあうよ?」
「ご、ごめんね苗木君・・・・・・」
4人の女子に詰め寄られる(戦刃のみ、離れた場所にいるが)という状況で、苗木はたじたじとしている。これは、ケーキをプレゼントする意味がないのではないかと、客観的な位置から狛枝は思った。苗木の好感度をあげて、彼女になるのが最終目標だろうに、苗木の顔色は蒼白である。
目がきょろきょろと動いて、木の後ろに立っている狛枝を見つけて、明るい顔になった。
「狛枝君っ!」
「は、はい? いや、ボクは、今帰るところで」
苗木がこれまでなかったような速度で、狛枝めがけて駆けてきた。
「ご、ごめんね、皆、ボク、今日は狛枝君と待ち合わせしてたんだ! そ、それで、狛枝君に祝って貰う約束してて!! そうだよね、狛枝君!」
「・・・・・・う、うん!!」
事実とは違うが事実である。狛枝は苗木に説明して呼び出したわけではなかったが、もちろん祝う意図はあった。
「誕生日ケーキも作ってきたし、ボクが一番最初にそう予約してたから、ごめんね」
全員、なんとも言えない顔で狛枝を見た。
「あのさあ、空気読みなよ!!」と江ノ島盾子が中指を立てて叫んだので、たぶん、残りのメンツもそう思ったのかもしれない。
狛枝の知った事ではないが。
漁夫の利とはまさに、この事で苗木と狛枝は2人で、ケーキを食べていた。
「苗木君、あれでよかったの?」
「うん・・・・・・実際、甘いケーキを4個なんて無理だけど、でも、誰のを断ればいいのか、分からなかったし」
「え。中で好きな子とかいないの? 皆、可愛い女子じゃない。苗木君とお似合いだよ。苗木君の事が好きなんじゃないかな?」
(ああ、バカだなあ、ボク。言わなきゃ苗木君は分からないのに)
だが、どうせくる破滅なら自分で起こしてしまいたい。
苗木は、きょとんとしていた。
「好きって・・・・・・じゃあ、狛枝君もケーキ作ってきてくれたのって、ボクを好きなの?」
「えっ、ええええ!!? う、うん、まあそうだけど」
赤くなりつつ、青くなる。
もしかして、今まで自分の道ならぬ想いは届いていなかったのか。
今気づかれて、気まずくなったらどうしよう。
狛枝の目がぐるぐるし始めるより前に、苗木は照れくさそうに笑った。
「あはは、ごめんごめん。狛枝君がからかうから、お返ししただけ。ありえないよ。舞園さんなんて超高校級のアイドルだし、霧切さんにはいつも迷惑かけてるし、戦刃さんとは、ほとんど話した事もないし」
「・・・・・・そ、そうなんだ」
「女子もかわいいけど、狛枝君といる方が楽しいよ」
ぎゅうううと心臓を握られたような気持ちで、狛枝は、苗木がケーキを食べるのを見守る。
(苗木君を取られて、ボクが絶望するのは、まだまだ先になるんだろうな・・・・・・それに、すごく幸せだ。苗木君に優先して貰えて、苗木君にケーキを食べて貰えて、苗木君とこんな近くにいられて・・・・・・ラッキーだ。今回はどれほどの不運がくるんだろう?)
それはまだ希望ヶ峰学園がありし日の平和な一幕であった。
そして、これをきっかけに、狛枝は絶望に目をつけられるのだが・・・・・・、それがどれだけ不運か分かるのも、まだ先の話だった。
【完】
いつの頃からか、狛枝はこっそりと、自分よりも相当背が低い、自分と同じ幸運の能力を持つ、下級生を見るようになっていた。
(ボクと同じ能力を持っている子だよね)と最初はそれだけで目で追っていた。そのうちに可愛いと思い始めた。自分と違って、幸運だけの能力だと卑屈にもならず、いつの間にか、皆の輪の中心にいる。
カリスマが彼にはあった。
何より「可愛い」。
(苗木君・・・・・・ああ、苗木君。でも大丈夫、ボクは告白なんかしないからね。ボクみたいなのに、つきまとわれたら、嫌だろうし!)
ところが、いつの間にか、ばれていたらしい。
「あの・・・・・・何か用ですか?」と声をかけられて、退散する事、三回目。
苗木のクラスメートである、オーガこと、大神さくらによって捕縛された。
「あの、なんていうか・・・・・・怪しいものじゃなくて、ただ、苗木君が可愛いなって・・・・・・」
覚悟の上の自白だったが、苗木は狛枝を気持ち悪がらなかった。
ただ「ボク、よくそう言われるんだよね・・・・・・やっぱり小さいからかな・・・・・・いいよね、狛枝君は背が高くて」と、相談を受けただけだった。
狛枝は自分を棚にあげて(苗木君は変わってるなあ!)と思った。
普通の人間だったら、自分を気持ち悪がるのに、苗木誠は狛枝が周囲をうろつく事を許してくれた。
むしろ優しく声をかけてくれたりもした。
そして今。狛枝はいつものように絶望していた。
いつもよりも深く絶望していた。
(苗木君の誕生日を祝おうと思ってやってきたのに・・・・・・ボクなんかがそんな大それた野心を抱いてはいけなかったって事なんだろうなあ)
しょんぼりとして肩を落とす。
手の中にはケーキの箱がある。しかも、手作りである。
色々やってはいけない贈り物なのであるが、ストーカーの自分を受け入れた苗木なら「わあ、ありがとう、狛枝君!」と、あっさり食べてくれるだろうという確信があった。
苗木を呼び出すところまでは、すんなり、いった。
が。
狛枝が待ち合わせば所にたどりつくまでに、先客がいた。
「あ、見つけた苗木君」
「あれ、舞園さん」
「あの、苗木君って今日、誕生日ですよね。あの、いつもお世話になっているので、ケーキを作ってみたんです。今度、その、番組でそういう企画もあるし。その、もしよければ、これ、食べてくれますか?」
女子である。アイドルである。舞園さやかである。
戦闘力が高すぎる。
狛枝が、女子であったとしても勝負にならない強敵だろう。
この場面を見られただけで、苗木には、多くの敵ができるだろう。
(うわ・・・・・・これが今回の不運かあ・・・・・・この不運じゃなければよかったなあ・・・・・・っていうか、胸が痛いよ、ははは)
やや泣き笑いの表情になる狛枝。
(舞園さんって、やっぱり苗木君を好きなんだろうな)
アイドルなんだから、よりどりみどりだろうに、狛枝に言わせれば、趣味がいいにも程がある。他の獲物を狙ってほしかった。
近くの木の影で、狛枝がすでに失恋を確信し、落胆している事はまだ気づかずに、苗木は目を白黒させている。
「え? ケーキ? え、ボクに?」
「ああ、いたわね、苗木君」
そこに、また苗木のクラスメートの女子が登場した。
霧切である。彼女は、この学校の理事長の娘であり、超高校級の探偵でもある。舞園とはまた別の落ち着いた美少女だ。
「これ、作ってみたの。こないだのお礼をするって前から言ってあったでしょ」
「え?」
「今日、誕生日なんでしょう?」
冷静沈着のはずの霧切だが、彼女なりに緊張しているのかもしれない。視界に舞園が入っていないらしく、まっすぐに苗木のところにやってきたし、動きが微妙にぎこちなかった。
(本気? 苗木君に本気なのか、霧切さんまで・・・・・・さすが苗木君だ! とか言ってる場合じゃないよね・・・・・・苗木君が、赤くなってるの、可愛いけど、それはボクのためじゃないんだな)
いつか失恋するのは分かっていたが、早すぎる。
とはいえ、苗木が舞園を「アイドルはおつきあい禁止なんじゃなかったっけ、誤解されるよ」と断ってくれたとしても、霧切には拒む理由が見あたらない。
(苗木君、よく、霧切さんに相談してるしな・・・・・・)
もっともそれは苗木だけではないが。
学園の中で、霧切はトラブル解決役なのである。
「ちょっとお、苗木ーー!!」
「え、江ノ島盾子まで?!」
思わず声をあげてしまったが、それは江ノ島の大声にかき消されたようだった。
「ほら、残姉! 行きなよ!」
「う、うん・・・・・・」
江ノ島が引きずってきたのは、どこか影の薄い、よく似た顔の少女だった。双子の姉、戦刃むくろである。江ノ島は彼女を残念な姉、略して残姉と呼んではばからない。二人とも、かなりずれている。そんな双子の少女たちなのだった。
「あのね、お姉ちゃんが、苗木に渡したいものがあるんだって。ほら、手作りケーキでしたー! 女子高生の手作りケーキ! どうよどうよ苗木! さすがに嬉しいんじゃないの?!」
「じゅ、盾子ちゃん、あんまり・・・・・・苗木君に迷惑・・・・・・だし。あの、この間、集合写真くれたから、お礼」
「っつうか、お礼だけで、ここまでしねえし!!」
大げさな事にしたくないという姉の希望をことごとく破壊し、江ノ島は、べえ、と舌を出す。
きっと彼女は、舞園にも霧切にも気づいているはずだった。
(苗木君、もてるんだね。そりゃそうだよね・・・・・・ボクをこんなに虜にするくらいの希望だもの。でも、戦刃むくろはやめておいた方がいいかな・・・・・・)
と心の中で、狛枝は忠告してしまう。
「あの、皆、ケーキ作ってきちゃったみたいですね」
ここで舞園がまとめた。さすがアイドルである。こんな場合でもきちんとした感じのいい笑顔を見せている。「皆で食べましょうか」というのには、自信があるのだろう。
「そうね。でも苗木君、食が細いでしょう? 私のから食べて欲しいわ」
ずばりと核心に切り込む霧切。自分の意志を押し通す事にかけては、米国人女性並である。
舞園が一瞬、目を曇らせた。それから笑う。
「それは私も一番がいいかな。だって、最初に苗木君に渡したのは私だし。昔、一緒にいたのも私だし」
「あら、そこに順番は関係ないんじゃないかしら。それなら、約束を私だってしてあったわよ」
二人の間にびしばしと緊張感が漂い始める。
「・・・・・・私、ケーキ初めて作ったし、盾子ちゃんに手直しだいぶしてもらったし、たぶんそんなに美味しくないから、もって帰ってくれれば・・・・・・」
一方、戦刃むくろは、早々に戦線離脱な発言をぼそぼそとしている。
彼女は、フェンリルに入って傭兵として数々の扇情を駆け抜けた女子のはずなのだが、こと、好きな男子にかけては、まるで残念な態度だ。
「しゃーらっぷ!!」
江ノ島盾子がそんな残念な姉を怒鳴りつける。
「あんだけ気合い入れて作ったのに、さっさと負け犬志願とか本当に残念すぎるお姉ちゃんだよ! だめ! 分かってんの苗木!」
(あれは確実に面白がってるな・・・・・・かわいそうな戦刃さん)
この中では戦刃の心性が一番、自分に近いため、狛枝は彼女にやや肩入れした。
「苗木君に決めて貰いましょう」
「そうね、異議なしだわ。苗木君、どうするの」
「苗木! お姉ちゃんを選ばないと、後でひどいよ? マジで絶望的な目にあうよ?」
「ご、ごめんね苗木君・・・・・・」
4人の女子に詰め寄られる(戦刃のみ、離れた場所にいるが)という状況で、苗木はたじたじとしている。これは、ケーキをプレゼントする意味がないのではないかと、客観的な位置から狛枝は思った。苗木の好感度をあげて、彼女になるのが最終目標だろうに、苗木の顔色は蒼白である。
目がきょろきょろと動いて、木の後ろに立っている狛枝を見つけて、明るい顔になった。
「狛枝君っ!」
「は、はい? いや、ボクは、今帰るところで」
苗木がこれまでなかったような速度で、狛枝めがけて駆けてきた。
「ご、ごめんね、皆、ボク、今日は狛枝君と待ち合わせしてたんだ! そ、それで、狛枝君に祝って貰う約束してて!! そうだよね、狛枝君!」
「・・・・・・う、うん!!」
事実とは違うが事実である。狛枝は苗木に説明して呼び出したわけではなかったが、もちろん祝う意図はあった。
「誕生日ケーキも作ってきたし、ボクが一番最初にそう予約してたから、ごめんね」
全員、なんとも言えない顔で狛枝を見た。
「あのさあ、空気読みなよ!!」と江ノ島盾子が中指を立てて叫んだので、たぶん、残りのメンツもそう思ったのかもしれない。
狛枝の知った事ではないが。
漁夫の利とはまさに、この事で苗木と狛枝は2人で、ケーキを食べていた。
「苗木君、あれでよかったの?」
「うん・・・・・・実際、甘いケーキを4個なんて無理だけど、でも、誰のを断ればいいのか、分からなかったし」
「え。中で好きな子とかいないの? 皆、可愛い女子じゃない。苗木君とお似合いだよ。苗木君の事が好きなんじゃないかな?」
(ああ、バカだなあ、ボク。言わなきゃ苗木君は分からないのに)
だが、どうせくる破滅なら自分で起こしてしまいたい。
苗木は、きょとんとしていた。
「好きって・・・・・・じゃあ、狛枝君もケーキ作ってきてくれたのって、ボクを好きなの?」
「えっ、ええええ!!? う、うん、まあそうだけど」
赤くなりつつ、青くなる。
もしかして、今まで自分の道ならぬ想いは届いていなかったのか。
今気づかれて、気まずくなったらどうしよう。
狛枝の目がぐるぐるし始めるより前に、苗木は照れくさそうに笑った。
「あはは、ごめんごめん。狛枝君がからかうから、お返ししただけ。ありえないよ。舞園さんなんて超高校級のアイドルだし、霧切さんにはいつも迷惑かけてるし、戦刃さんとは、ほとんど話した事もないし」
「・・・・・・そ、そうなんだ」
「女子もかわいいけど、狛枝君といる方が楽しいよ」
ぎゅうううと心臓を握られたような気持ちで、狛枝は、苗木がケーキを食べるのを見守る。
(苗木君を取られて、ボクが絶望するのは、まだまだ先になるんだろうな・・・・・・それに、すごく幸せだ。苗木君に優先して貰えて、苗木君にケーキを食べて貰えて、苗木君とこんな近くにいられて・・・・・・ラッキーだ。今回はどれほどの不運がくるんだろう?)
それはまだ希望ヶ峰学園がありし日の平和な一幕であった。
そして、これをきっかけに、狛枝は絶望に目をつけられるのだが・・・・・・、それがどれだけ不運か分かるのも、まだ先の話だった。
【完】