ダンガンロンパゼロifSS(戦場むくろ視点で苗木総受)






「戦刃さん、次、移動教室だよ」
「苗木君・・・・・・」
「先生から連絡回ってきた時、戦刃さんいなかったから、聞き漏らしてるかと思って」
「ありがとう、知らなかった」

 淡々と戦刃は応対するが、見る者が見れば、彼女の目が生き生きとした事を見抜けるだろう。
 だが、それをすぐに見抜ける彼女の妹、江ノ島盾子は、国外に消えている。
 江ノ島盾子は名前を音無涼子と偽り・・・・・・いや完全に作られた記憶の人格になりきって、松田夜助という彼女の恋人と共に国外に逃亡した。
 そして彼女が消えた後で、彼女がした最低最悪の事件が発覚した。
 つまり生徒会メンバーをほとんど殺し合わせたのは、彼女だったのだ。
 そして苗木が過剰に戦刃に気を配るようになったのも、それからだ。

「別に皆、戦刃さんを避けてるとかそういうわけじゃないんだよ。ただ、その、何か、あったら僕に言ってね」
「大丈夫。いじめとか、ないから」
「う、うん。そうだよね。戦刃さんなら心配ないよね」

 あったとしても、超高校級の軍人、戦刃むくろの戦闘力なら、あっという間に相手をのせるのだ。
 だから苗木の心配は杞憂である。
(でも嬉しい)と戦刃は思ってしまう。
(盾子ちゃんがいなくなって悲しいけど、苗木君が心配してくれる・・・・・・嬉しい)

「一緒に移動しようか」
「うん・・・・・・」

 幸せな気持ちで戦刃は苗木と並んで歩く。
 本当に心配ないのに、苗木はどうも外の世界の学校と同じ目で、この世界を見ているようだった。
 もちろん、江ノ島盾子はどこに逃亡したのか、今後の危険性はないのか、松田夜助が生き延びた生徒会長を殺した事もあり、相当、希望ヶ峰学園の幹部からは聞かれた。
 だが、それだけだった。
 超高校級の才能があるという事は、超高校級にやりたい事があるという事。飛び抜けた欲望のある人間は、欲望を邪魔しない限り、根本が他人に無関心にできている。
 戦刃むくろの事は、単にニュースとして流れただけだった。
(むしろ苗木君の事で、嫌われてるかもしれない)と戦刃は思う。

「苗木君、よかったら、戦刃さんを送るわよ」
「そうですよ。苗木君。戦刃さんは女の子なんですよ。いつも一緒にいたらトイレとかにも行きにくいじゃないですか」

 むやみやたらに親切に言ってくる霧切と舞園だが、実は親切じゃないのではないかと戦刃は思う。
 それとも戦刃が苗木と一緒にいたいから、そんな風に思ってしまうのかもしれない。
(私が苗木君をすごく好きだから、他の人も苗木君を好きなんだって思えてくるのかもしれない)
 戦闘以外は至って自信がないから。
 他の人に取られてしまってもしょうがないかなと心のどこかで諦めてしまっているから。
 正気の時の江ノ島盾子に言わせればまさしく「残念」な「残姉」。
 それが戦刃むくろである。

「そ、そうかな。そっか」
「ううん。いい」
「え、いいって」
「苗木君と行く」

 口に出して、戦刃は、ひどくドキドキした。
(じゅ、盾子ちゃん、私やったよ・・・・・・!)
 ここに江ノ島盾子がいれば「苗木君は私のくらい言いなよ。だから残姉なんだってば」と言うだろうが、戦刃は達成感でいっぱいである。

「そうなんですか? 苗木君」

 さすがに舞園は超高校級のアイドルだけあって顔色が変わらない。
 霧切の方はむっとした顔になった。
 だが2人ともに冷えた空気を発生させた。

「うん。戦刃さんがそう言うなら・・・・・・」
「来なさい、十神君」
「出てきて下さい、狛枝先輩」

 日本に帰ってきたら召還獣が出てくるゲームが流行していたのだが、霧切と舞園の言葉は、それを連想させる。

「あれ、いるの、ばれてた? さすが超高校級のアイドルだね。尊敬するよ」
「うふふ、ありがとうございます」
「俺を呼びつけるな。お前にそんな義理はない」
「義理はなくてもそこで突っ立っていたでしょう」

 男女2人ずつのペアになるが、つきあっているという空気は皆無。
 それどころか、ぎすぎすした空気が漂っている。

「狛枝先輩、苗木君のこと、よく見てますよね。同じ幸運同士ですもんね。最近あった、史上最悪の事件についても詳しいんじゃないんですか?」
「ああ。まあね、江ノ島さんの事件は有名だし、最近よく話してた事もあって気になってはいたけど、まさか彼女が犯人だったとはね。・・・・・・で、戦刃さんはその妹なんだっけ?」

 こくんと戦刃は頷く。
 この男は確か絶望に近づいていたはずだ。江ノ島盾子がいなくならなければ確実に絶望の道に入っていただろう。

「ちょっと話してみたいな」
「苗木君が一緒なら」

 と戦刃は言った。
 狛枝の言葉が言葉通りの意味とは思えなかったからだ。

「分かった、ボクが苗木君と話そう」
「いやいやいや、それおかしくない? 戦刃さんと話したいんだよね?」
 
 とツッコミを入れたのは苗木だ。

「まあ、そうだけど。最終的には、苗木君と話したいだけの口実だから別にかまわないんだよ」

 あっさり手の内を明かす狛枝に、戦刃は手を広げて立ちふさがる。
 彼は妹と親しかった。
 絶望に染まっている危険がある男を苗木に近づけられない。

「あれ、ずいぶん独占欲が強いんだね。大丈夫だよ。ゴミくずみたいなボクが苗木君に相手にされるわけないじゃない」
「どっ」

 一気に青ざめる戦刃。そんなつもりじゃないのを苗木に理解して欲しかった。

「狛枝先輩、あの、戦刃さんをからかっちゃ可哀想だよ」
「からかってなんてないんだけどな。それに、狛枝君、でいいよ。その方が親しい感じがするでしょ? いっその事、名前を呼び捨てにしてくれてもいいよ」

 ぐいぐい距離を詰めようとする狛枝に、苗木がやや引いているのが分かる。

「おい戦刃。何をしている。そいつを排除しろ」

 と怒っている十神は、基本的にクラスメートたちを自分の手足くらいに扱う。
 クラスメートの誰もがマイペースで、十神の言う事を聞くのは彼に惚れている腐川と、やたら優しい苗木くらいしかいないのに、御曹司の癖が抜けないようだ。

「排除って。やだな、怖いなあ。苗木君、ボクは君に興味があるんだよ。江ノ島さんもあったみたいだしね」
「江ノ島さん・・・・・・と仲良かったの? 狛枝先輩は」
「狛枝君」
「狛枝君は」
「だったら、お前はあいつの失踪に何か関わっているのか?」
「やだな。そんな事ぜんぜんないよ。ボクごときが江ノ島さんをどうこうできるわけがないじゃないか。あれは松田君の作戦勝ちだね」
「お前も、あの希望ヶ峰学園史上最悪の事件に関わっているのか?」

 もうそうだと決めつけたように十神は苗木をひっつかまえて自分の後ろに隠そうとする。彼が他人に指示をしないのは珍しい。よほど苗木を守りたいのだろう。
 それは戦刃だって同じだ。だから両手を広げたまま、十神と苗木の前に一歩出た。

「十神君、そんな疑っちゃ」
「ありえなくはないだろう。お前は黙っていろ苗木」
「ボクはそんな事はしてないよ。あれをやったのは江ノ島さん一人さ。だけど江ノ島さんが映像を見せてくれたよ。実に絶望的だったな。だって生徒会なんだよ? それなのにあれを見ると希望ヶ峰学園最高の希望を、簡単に崩せるんだなって・・・・・・絶望するよ」

 だらだらと涎を流して、狛枝は自分の体を抱きしめる。

(やっぱり・・・・・・この人、もう絶望に染まってる・・・・・・)

 双子の姉ながら、戦刃むくろは絶望に染まっていない。
 ただ、戦刃はひたすら妹が好きなだけだ。だから絶望に染まっていなくても、江ノ島が絶望に殉じるというのなら、彼女の願いを叶えてあげたかったのだ。

「でも、その江ノ島さんの記憶を松田先輩は奪って行ったんだよね?」

 と苗木が何気ない調子で問いかけた。
 さっきまでは怖がっていたのに、今の涎だらだらの狛枝には怯えていない。
 いったい何が怖くて怖くないのか、苗木の精神にはよく分からないところがある。

「ボクが会った江ノ島さんは、おとなしくて可愛い女の子になってた。記憶を奪って新しい人格を与えたんだ。松田先輩を好きってことだけ覚えてた」
「うん、そうだね」
「だったら松田先輩の希望が江ノ島さんの絶望に勝ったんだ。そうじゃない?」
「・・・・・・面白い事、考えるね」

 きらん、と狛枝の目が輝く。

「希望が勝つ、かあ。苗木君はいい事言うなあ。その口でもっと言ってよ」
「よし変態だ! 何とかしろ、戦刃!」
「ちょっ、十神君失礼だよ。戦刃さんも、落ち着いて」

(苗木君・・・・・・優しい・・・・・・)
 自分を気遣ってくれたのだと思うと、戦刃の気持ちに暖かい光が満ちる。

「ええと、希望は勝つ・・・・・・?」
「エクスタシー!!」

 とこれは江ノ島盾子の口癖だったはずだ。
 うっとりした表情で唱えて、ばたーん、と狛枝が倒れる。

「う、うわーー!! だ、大丈夫ですか?」

 いろんな意味でダメだと思う。
 だが戦刃は批判したりしない。苗木が見ているから、ではなく、自分に自信がないから、そんな事できない。
「いろんな意味で危ない男ね」と霧切は口に出した。
「どうして苗木君ってこんな人にばかり好かれるんでしょうか」と舞園も困った顔をしている。

「こら苗木!!」

 まるで苗木が何か約束を破ったかのように、十神は怒っているが、苗木はそそくさと狛枝に駆け寄って揺さぶった。

「うーん、幸せ・・・・・・」
「し、幸せなの?」
「苗木君が・・・・・・僕を保健室まで運んでくれたら、もっともっと幸せになるよ・・・・・・」

 荒い息の下でそんな事を言うから、戦刃は思わず彼の首をナイフで切るのが正しい事のような気がしてきた。

「誰がそんな危険なまねを許すか!」

 十神は怒っているだけでなく、顔が赤くて青い。

「それを危険なまねだと考えられるなんて、十神君も案外、へたれじゃないのね」

 感心している霧切だが、誉めているのではない証拠に「霧切貴様っ!」と十神がすごい顔つきになっている。

「う、うん、運ぶよ」
「「だめです!!」」
 
 戦刃がダメという前に、舞園と霧切がすごい勢いで否定した。

「何なんですか、だめですよ! この人髪の毛は白いけど、どう見ても鶴には見えないでしょう、苗木君! 鶴にもつつかれてたじゃないですかっ!」
「どうして学習しないの。落ちてる人に親切にしちゃいけないってこの前も言ったでしょう。苗木君は変態に好かれやすいのよ!」

 苗木が可哀想になるくらいの剣幕で2人とも怒っている。

「だ、だけど、可哀想だよ・・・・・・このまま倒しておくわけにはいかないし」
「はあああ・・・・・・な、苗木君、なんて優しいんだ、天使みたいだ・・・・・・」

 だらだら涎を垂らし続ける狛枝を見ていると、本当にこれに優しくしてしまうのは問題だという気が、戦刃にもする。

「おい、お前ら、苗木に指図するな。指図していいのはオレだけだ」
「いいから、黙っていてちょうだい。十神君の注意じゃ、苗木君が言う事をきかないからでしょう」
「そうです、黙っていて下さい。だからかませ眼鏡って言われるんですよ」
「だっ、誰が言っているんだ、そんな事を!」
「え、さあ・・・・・・」

 今とぼけた、舞園本人だろう。可哀想である。

「そ、そのあだなはやめてあげた方が・・・・・・」
「苗木・・・・・・」

 こちらは名前を呼んだだけだが、やはり苗木の気遣いに感動しているのが表情から分かる。
(苗木君はかわいそうな人に優しい)
 ふと、戦刃は気づいた。
(苗木君は、私をかわいそうだと思っているから優しいんだ・・・・・・)
 前だって気遣ってくれてはいたが、ここまで、戦刃についているような事はなかった。
 実の妹の江ノ島盾子が大量殺人犯で、海外に逃亡してしまって、江ノ島以外に、クラスではあまり会話する相手もいない残念な子だからこそ、苗木は優しいのだ。
(・・・・・・うれしい・・・・・・)
 人によってはバカにされていると思うかもしれないが、戦刃は違った。
(ありがとう、盾子ちゃん・・・・・・)
 別に江ノ島盾子は戦刃のために絶望の犯罪を犯し、逃亡したわけではないのだが、心の底から盾子に感謝する。
 だが、さらに同情してもらうためにどうすればいいかは、分からなかった。

「苗木君!」

 狛枝は分かっていたようだ。
 ぐさっとナイフを腕に突き刺す。

「ギャー!!!」「うわっ!」「きゃー!!」「何しているの?」と悲鳴が上がる中、一人、霧切だけが眉をしかめただけで冷静である。

「だ、大丈夫?」
「苗木君が保健室に連れて行ってくれるならね。でも、腕がちぎれるかも」
「ほ、保健室とかそういう問題じゃないよね?! これ!? 救急車ー!!」
「苗木君はつきそわなくていいんですよ!」
「そうよ、苗木君待ちなさい!」
「仕方ないな、オレもついて行く」

 あっという間に狛枝が救急車に乗せられて運ばれ、つきそいの苗木が救急車に乗り込んだので、タクシーで残り3名が追跡に走り、一人、戦刃はその場に取り残された。

(・・・・・・ごめん、盾子ちゃん、やっぱり私残念・・・・・・)

 ふう、とため息をつき、それでも苗木が優しいのはうれしいな、と思った。
 
【完】