狛苗誕生日SS




「お誕生日おめでとう狛枝君」

 と言いに行こうとドアを開けて、苗木は凍り付く。
 椅子に座った狛枝が、今しも自分の膝頭にナイフを刺そうとしていたからだ。
 大きく口が開く。
 狛枝の方も「苗木君、うれしいよ」と笑顔になった。

「なっ、何してるの?」

 自傷? 何か狛枝の心を傷つけただろうか。

「え。うん、ボクの誕生日を祝いにきてくれるんじゃないかなと思って、そんな幸運が起きたら、何が起きるかしれたものじゃないからね。あらかじめ不幸を作って置こうと思って。せえ、の」
「やめてよっ!!」

 目の前でスプラッタシーンを見たくない苗木は慌てて彼を制する。
 基本的に目を離すと何かやりかねない男ではあるが、ここまでとは思わなかった。
 同じ幸運同士ということよりは「あの江ノ島を倒した男」として、苗木はずいぶん狛枝に懐かれてはいたが、こんな状況があると分かっていれば来なかったかもしれない。

(だけど来ちゃったし!)

 いまさら帰るわけにもいかない。
 それに、これは苗木だけの計画ではないのだ。
 目覚めた他のメンバーも狛枝を皆で祝おうと言う作戦になっている。
 一応ついてきてくれると決めたはずなのにまだ団体行動の苦手な十神と腐川だけが渋い顔をしていたが、未来機関から来てくれたメンバーも全員参加。
 楽しくなりそうだと思っていた矢先のスプラッタなので苗木はちょっと目が遠い。

「その、けっこう色々計画してたんだけどな」
「そうなの? 嬉しいな」

 狛枝の目が優しくなる。
 それから危機感を覚えた顔になった。

「あ、だめだ。ますますラッキーじゃないか。いったい何が起きる事やら。知り合いの一人や二人死ぬかもしれないよ」
「えーと、他に何か不幸を考えたらどうかな」

 実は苗木はまだ狛枝の能力を信じ切れてない。
 そういう能力があるというのは分かるし、書類にもそう書いてあるが、幸運の代償の不幸なんて、その目で見ない限り、眉唾に思えてならない。

「うんだから、ナイフをね」
「ナイフから離れて。他にも何かあるでしょ?」
「まあ生まれてきた事が不幸っていう太宰的な考え方もあるかもしれないね」
「いや、そんな事を提案しているわけじゃないよ?」

 むしろそんな悲しい考え方は願い下げである。

「そうだな。ボクが悲しい事、不幸な事・・・・・・でも、もう既に苗木君が来てくれちゃってるしな・・・・・・ああ、そうだ、苗木君、ボクを罵ってくれないかな」
「え、な、何で?」
「ボクは君を認めてるし好きだからね。苗木君に罵倒されたら、きっと不幸を感じられると思うんだ」
「え、えー・・・・・・」

 むしろ狛枝にとって不幸というより苗木にとって大不幸である。
 何より息を荒くしている狛枝が本当は楽しいんじゃないのかと疑ってしまう自分が嫌な苗木である。
(いや、人を変態だなんて疑うなんていけない事だよね)
 殺し合いの最中は、仲間を殺人犯かもしれないと疑っていたのだから、そんな疑いは些細な事な気もするが。

「えーと・・・・・・こ、狛枝君は、その・・・・・・うーん・・・・・・」
「ほら、色々あるでしょ?! バカとか! 気持ち悪いとか! 図体がでかいとか!」

 人が人と話す時、相手から欲する台詞というのは決まっているという説がある。
 笑顔で苗木に罵倒の台詞をレクチャーしてくれる狛枝であるが、苗木の目はどんどん死んでいく。

「え、でも狛枝君って頭いいよね? その、ほら、ボクたち、狛枝君たちのアイランドでの様子見てたけど、モノクマの部屋をたった一人で攻略したり、色々計略を仕掛けたりとか・・・・・・成績だって」
「そういう一般論の話じゃなくて、地頭が悪いとかもっと色々、言いようがあるはずだよ、苗木君!」
「ご、ごめん・・・・・・」

 なぜ庇った事で怒られなくてはいけないのか、よく分からない。
 狛枝の精神状態も、よく分からない。

「それに狛枝君は気持ち悪くなんかないよ?」
「ふうん。それは、ボクとともに過ごしたメンバーとはだいぶ意見が違うな・・・・・・」
「背が高いのだって、ボクからしたらすごく羨ましいし」

 苗木はかえって背が低いのがコンプレックスなので、狛枝のように背が高くなれたらなあと思っているくらいだ。

「かっこいいよね」

 戸惑っていた顔をしていた狛枝が「ああっ!!」と頭を抱えてそこにうずくまる。

「どうしたの狛枝君!!」
「幸運が!! 幸運が重なってしまった!!」
「何の幸運?」
「今苗木君がボクなんかを庇ってすごく誉めてくれて、しかも、かっこいいとか言われて、今ボクかなり調子に乗っていて、こんなに嬉しいなんて、絶対このままだと、誰か死ぬに違いないよ!」
「こ、怖い事言わないでよ」
 
 かなり引く苗木であるが、狛枝は狛枝で必死である。

「とにかく、今すぐ罵って。何でもいいから!」
「え、えーと、じゃ、じゃあ、もう、狛枝君なんて嫌いだ!」

 目を閉じて叫ぶ。今度もまだ「生ぬるい!」とか返ってくるかと思ったが、意外に無言。
 おそるおそる目を開けると、狛枝が燃え尽きた明日のジョーのようなポーズをしている。

「えええっ、ど、どうしたの?」
「いや・・・・・・うん、自分で罵って、って言ったはいいんだけどね、思ったより、心にダメージを受けているだけだよ・・・・・・?」

 青い顔で視点の定まらぬ表情。妙に震えている狛枝。
 思ったよりもずっと打たれ弱いのだろうか。苗木はおろおろした。

「で、でも嫌いって言っただけだよ? その、狛枝君に言われた通りに罵ってみただけで、その理由とか言ってないし」
「うん、ただ単に嫌いなんだよね? 今宝くじを買ったら連番で高額当選確実なくらいに不幸なんだけど・・・・・・」
「そ、そんなに?」

 今世界がほぼ崩壊していて宝くじなんて販売していないが。

「ご、ごめん。傷つけるつもりはなかったんだよ狛枝君。その、嫌いだったら、本当にここにボクが迎えにきてたり、しないし」
「じゃあ、好き?」

 もしや狛枝の世界にはイエスかノー、好きか嫌いかしかないのだろうか?

「う、うん、どっちかっていうと、好きだよ!」

 ぱあっと狛枝の顔が輝いた。

「苗木君!! ボク、ものすごく幸せ・・・・・・ああああ、まずい!!」

 世話のかかる男である。

「だめだ。苗木君、もう一回嫌いって言って。でも、嘘だよね?」
「それ、嘘だって分かってる場合、不幸になるの?」
「大丈夫。言われただけで、かなり心に傷を負う事を発見したから」
「そうなんだ・・・・・・なんか、狛枝君って自分からゴミ屑とか言ってるし、もっと強いものかと・・・・・・ごめんね、ひどい事言っちゃって」
 
 真剣な顔で頭を下げる苗木に「いやボクも普通の人なら大丈夫なんだよ」と狛枝はいいわけを始めた。

「でも苗木君はだめみたいだ。何でだろう。尊敬してるからかな。そういうのってあるのかもしれない」
「尊敬? ボクなんかを?」

 狛枝のレベルがずばぬけて度を越しているだけで、苗木だって自分に自信があるわけではないのだ。

「そりゃそうだよ。君は江ノ島さんを打破した世界の希望なんだから・・・・・・ふふふ。その苗木君がボクを祝いに・・・・・・だめだ。このままだと苗木君が死ぬ」
「え、ボクが? え、ええと・・・・・・もう一回嫌いって言えばいいんだね」

 このまま禅問答のような事を繰り返していては、いつまでたっても狛枝を皆が待っているパーティー会場まで連れて行けそうにない。
 しかし、さっきのように狛枝に暗くなられても、連れていった先で、仲間たちが当惑し、せっかくのお祝いの空気もまずくなるだろう。
「えーと、嘘だからね! その、嘘だけど、言うよ?」と前置きして苗木は口に出す。

「狛枝君なんて、嫌いなんだからねっ!」
「だめ! 苗木君、それすっごく萌える! むしろ嬉しい!!」
「も、萌え・・・・・・?」

 それは確か今はなき山田一二三が、アニメ女子に対して主張していた感慨ではあるまいか。頬を紅潮させて、狛枝が今主張するのは、おかしい気がする。

「苗木君のツンデレ・・・・・・どうしよう、幸運が雪だるま式にふくらんでる・・・・・・おまけに2人だけで誕生日なんて・・・・・・」
「えっ? あの、2人だけじゃないんだけど」
「え、違うの?」

 そんな事、一言も言っていない。
 だいたい、狛枝と2人で誕生日なんておかしいではないか。

「うん、企画したのは朝比奈さんで、狛枝君と同期メンバー全員集めて、楽しく皆でぱーっとやろうっていう、そういう」
「・・・・・・企画すら苗木君じゃないの?」

 理解できない理由で狛枝のテンションがどんどん落ちていく。

「そっか・・・・・・まあ、そうだよね、そんなうまい話はないと思っていいんだ・・・・・・そうか、この、どんでん返しが今回の不運か・・・・・・」

 肩まで落として「はーっ」と、狛枝はため息をつく。
 いったい何がそんなに不運なのか知らないが、狛枝が「この調子なら誰も死なないで済むかもね」と言ったのだから、たぶん、全部うまく回っているのだろう。

「苗木さん、何で狛枝さんのテンションこんなに低いんでしょうか」

 とソニアに聞かれても苗木だって分からない。
 日向は「せっかく迎えに行かせたのに・・・・・・まあいいのか、あいつが幸運になりすぎると何か起きかねないからな」と腕組みしている。
 ソニアも頷く。

「そうでしたわね、私、つい忘れそうになるんですけど、先日、狛枝さんが偶然苗木さんとお風呂タイムが一緒になった後、狛枝さんのせいで水道管が破裂して、私たち、数時間トイレを草むらでしなければならなくなりましたものね。まあ、あれはあれでエキサイティングな体験でしたけど・・・・・・」

 頷くが、その内容がいかれている。

「あれ、狛枝君のせいじゃないでしょ?! っていうか、お風呂タイムが重なると何がラッキーなの?」
「やはり、苗木さんの裸が見れるところじゃないでしょうか?」
「えっ、だからそれが」
「ソニア、そこらへんにしといてやれ。狛枝のためじゃなくて苗木が可哀想だから」

 ソニアの口を両手でふさぐ日向。

「とにかく狛枝君が幸せそうでよかったよ」

 ごつん、と狛枝の頭に天井からなぜか電球が落ちてきていたが、あれは些細な事だろう。


【完】