日苗で狛苗SS



「霧切さん、これ何・・・・・・」
「作ってみたの。朝比奈さんに頼まれたから」

 非常に不本意そうな霧切だが「友達と仲良くするのはいい事だよね」と苗木は言ってみる。

「違うわ。依頼よ」
「え、依頼?」
「探偵としての依頼ってお願いしたんだよ」

 超高校級のスイマー朝比奈は、あの事件の貴重な生き残りで仲間だ。
 彼女だって、この形状には、親友を殺された悲哀を持っているはずなのだが。

「何でモノクマのケーキなんかを。しかもケーキ作りって、探偵に対する依頼なのかな?」

 愕然と質問を投げると朝比奈が「だって!」と叫ぶ。

「だって、美味しそうな形してるじゃん、モノクマって。それに探偵さんは調査をするだけが仕事じゃないでしょ? 浮気調査の他に猫を木からおろしたり喧嘩の仲裁をしたりもするじゃん。それならケーキ作りだって」

 後半、口から涎と舌が出ている。

「それは食い詰めた三流の探偵の仕事・・・・・・と言っても聞いて貰えなくて。しょうがないから作った方が早いって割り切ったの」

 言う霧切は力ない。

「ふ、ふーん・・・・・・でもすごいな。器用じゃない霧切さん。これなら、超高校級のケーキ職人にだってなれるかもしれないよ」
「なりたくないわ。それに料理人なら、花村君がいるでしょう。どうして頼まないの?」

 目覚めた元希望ヶ峰学園メンバーの一人、花村は超高校級の料理人のはずだ。

「え、えーと・・・・・・でも、なんか、その・・・・・・」

 朝比奈は、視線を宙に投げて、気まずげな顔をする。
 これは別に花村がセクハラするとかそういう理由ではないのだった。

「・・・・・・朝比奈さん」
「わ、分かってるよ! あの人達は江ノ島盾子に騙されたんだって! 絶望だからってすぐに殺すんじゃなくて、助けようって本部に逆らうのは私も賛成だったし! でもね、じゃあ実際に話してみよう、とか、何か怖くて・・・・・・」

 臆病な葉隠も、用心深い十神も、その十神にべったりの腐川も、目覚めた「元・絶望」のメンバーとは距離を置いている。
 
「朝比奈さんまでこれじゃ、本部連中が警戒するのも無理はないのよね」

 霧切は溜息をつく。

「そう簡単に仲間になれると思ってはいなかったけど、ここまで距離があくとは思ってなかったわ。しばらく彼らを島に置いてきたのは失敗だったわね」
「そうだね・・・・・・」
 
 せっかく希望ヶ峰学園出身だというのに、こんなに分裂してしまっている。
 これではいけない。
 まずは自分が率先して仲良くなってみるべきかもしれない、と苗木は心に決める。

「ねえ、ボクが話しかけて仲良くなったら、朝比奈さんも葉隠君も、きっと怖くないよね」
「な、苗木が?」

 眉をひそめる朝比奈同様、霧切も積極的には勧めたくないようだ。

「十神君と腐川さんはどうするの? あそこは怖がっているわけじゃなくて敬遠しているのよ」
「そうだろうけど、十神君も最近は人に歩み寄るようになってるから、皆が仲良くなったら近づいてくるだろうし、そうしたら腐川さんも自動的にそうなるでしょ」
「・・・・・・まあ、そうかもしれないわね」
「・・・・・・気をつけてね、苗木」

 2人とも心配そうに、苗木を見送ってくれた。



 未来機関カフェテラス。
 向かい合った席の並びで、日向と苗木が座っているのには、そういう事情の後だ。
 説明すると日向は複雑そうな顔をした。

「なるほど、それで、俺と食事なんて言い出したのか」
「うん、仲良くしたいって思って」
「小学生みたいな言い方だな」
「じゃあ、なんていうの?」
「うーん・・・・・・何だろうな。そう言われると・・・・・・」

 日向から見ると、苗木の背の低さは、かつてアイランドで見た西園寺を思わせる。
 目覚めてみたら成長しきって大きい西園寺に仰天したのも、今となってはいい思い出だ。

「あの、皆は、ボクたち未来機関の人々と仲良くなりたいって思ってくれてるのかな?」
「どうかな。どっちかっていうと遠慮があるかもしれないな。遠慮っていうか、羨望かもしれないけどな」
「羨望?」
「超高校級の才能を持っていたのに、江ノ島に騙されて絶望して、ひどいことをした。間違った道を歩んだのが俺たちなら、お前たちは、江ノ島と一緒にいたってのに、絶望しなかった、間違わなかった奴らだからさ」
「そんな過ぎちゃった事を言ってもしょうがないじゃない」

 と言い切った苗木の発言は本音だったが、日向はまじまじと苗木を見た。

「お前がそうだから、お前の仲間たちは、俺たちみたいに間違わなかったんだろうな」
「で、でも、皆、殺し合いは結局、起きちゃったんだよ?」
「それは記憶を失ってたからだろ? もしもお前だけでも何か思い出していたら、殺し合いなんて起きなかったよ、きっとな」
「買いかぶりだよ」

 苗木は驚いていた。
 話してみないと分からないものだ。
 自分たちを羨んでいるなんて。苗木からしたら、メンバー全員が生き残れている日向たちの方が羨ましい。失ったクラスメートの事を思い出すと今でも寂しくなる。

「ボクなんてただ超高校級の幸運ってだけで、あ、しかもランダムに選ばれたってだけだからね。それまでは、全然運なんていい方じゃなかったし。本当に偶然」
「金を積んで入った予備学科の俺となら、いい勝負だから、話しかけやすい、か?」
「そ、そういうんじゃないよ!! たぶん・・・・・・」
「悪かったな。ちょっと言ってみただけだ。俺はその理由でお前と話しやすいと思ってるからさ」
「あ、そうなんだ・・・・・・」

 並外れた能力に憧れていた自分。今、過去をふりかえると、バカな妄想だったと、日向は思う。
 能力があっても、優れた人間にはなれない。能力があっても騙される。能力があっても悪事を働く。
 江ノ島やカムクラがそれを証明している。
 
「苗木はさ、能力なんて全くなくても、皆の目を覚まさせたんだろ? 江ノ島に逆らって。そんな事できる奴は俺たちの中にはいなかった。超高校級の希望なんて言われた、俺じゃなくなった俺でも、カムクラでも、ダメだった」
「日向君だって、最終的に勝ったじゃないか」
「お前が来てくれたからな」

 と日向は苗木をまっすぐに見る。

「危険を冒して来てくれて、俺たちを庇ってくれた事。本当にありがとう」
「・・・・・・そんな」

 立ち上がられ頭を下げられて、苗木も慌てて立ち上がって頭を下げ返す。

「お前は頭下げなくていいんだよ」

 と日向は面白そうに笑った。

「ボクと同じ超高校級の幸運っていうと、狛枝君もそうだよね」
「いや同じじゃない」

 迅速すぎる答えが返ってきた。ふるふると急いで首を横に振る日向の額に汗。

「お前はあいつと全然同じじゃない、あいつと同じとかやめてくれ」
「え、そ、そうなの?」
「お前、アイランドでの狛枝との生活見てただろ? あれと同じ生き物だったりしないだろ?」
「い、生き物?」

 ずいぶん、ざっくりしたくくりでやってきた。
 そんなにヒドい人だとは苗木には思えない。

「そうだよ! 苗木君はボクなんかと同じだったりしない!」

 ところが日向への援護が入った。
 いつから、どこから聞いていたのか分からないが、狛枝凪斗が両手を広げて飛び出してきたのだった。

「苗木君は江ノ島盾子を倒すほどの希望の固まりでしょ?! ボクと同じなんてそんな事あるわけがないハァハァハァ!!!」

 息が荒く目の焦点が合っていない。
「狛・・・・・・枝・・・・・・君?」と、おそるおそる苗木が名前を呼ぶと、はっとしたように走り去って、柱の陰に隠れる。
 苗木たちに声をかける前は、そこに長身を収納していたようだ。

「・・・・・・あ、うん、そっか・・・・・・うん」
「あのバカ・・・・・・悪いな、苗木」
「いや悪くないけど。その、狛枝君とも仲良くなりたいし」

 と言うと日向が珍しく顔を強ばらせた。

「もっと自分を大切にしろ、苗木」
「えええええっ?! 今、そんな話してたっけ?!」
「日向君! ボクの得意な事とか資産の話をしてよ! あと、ボクに数少ないいいところがあるとしたら、それもほめてよ!」

 柱の影から狛枝が叫ぶ。
 よく観察すると白い触覚みたいな髪の毛の一部が見えていた。

「ああ、頼まれてたな! だが断る!」

 立ち上がったまま、日向が叫ぶ。
 何やらジョジョにこんな台詞があった気がした。

「苗木は俺たちの恩人だ。守ってみせる」
「あ、あの、日向君、狛枝君は少しエキセントリックなだけの人だよね。ほら、彼の経歴を考えたらそうなっちゃうのも仕方ないかもなーって思うし・・・・・・」
「甘い顔を見せなくていいんだぞ、苗木。あいつがお前を気に入ってるだけでも危険なんだからな」
「え、そうなの?」

 これまで苗木は、とりたてて誰かに気に入られた事はない。と思っている。
 特に女子には可愛い物扱いされるばかりだ。と思っている。
 平凡中の平凡なので、注目される事も少ない。と思っている。
 実際は、あくの強い女子には人気があったりするのだが、苗木の知るところではない。
 言い寄られる事もなかったから、自分を気に入っていると聞いて不用意に(そうなんだ・・・・・・)と狛枝に対して柔らかい気分になってしまった。

「そうなんだ・・・・・・あ、ありがとう」

 柱の方に向かって頭を下げると「お、御礼を言われちゃった! な、苗木君に!! どうしよう、こんな幸福、ああああああ」と柱の影で盛んに白い触覚が揺れる。

「苗木。あのな、本当に本当に危ないんだ」

 必死な日向の繰り返しに、苗木は霧切と十神を思い出した。
 彼らにはいつも怒られてばかりいるのだ。
 その都度、今はいない両親を思いだしてしまうほどだ。

「とにかく、ここからは出よう。あれ以上は近づいてこないはずだ」
「う、うん、何で?」

 何で柱の影に収納されていないといけないのか、苗木にはいまいち、狛枝の意図が読めない。

「ああっ! 日向君、ずるいよ! だいたいさっきから聞いてたらひどいことばっかり! ボクの事を苗木君に勧めてくれる約束でしょ?!」
「それはお前が一方的に申し込んできた話だろう! 苗木に、お前を勧めるなんて、そんな事、俺には・・・・・・できない」

 不良品を売りつける事を会社から要求されている苦悩のセールスマンは、きっとこんな表情だろう。
 苗木は苦しむ日向に汗をかいた。

「あ、あのー、そんなに悪い人じゃないんじゃない、かな?」

 これは苗木の人がいい事も、もちろんある。
 だが、それ以上に、最初から悪人だと言われていると、それほどでもないように見えてくるものなのだ。
 日向があまりにも狛枝を忌避するので、かえって、柱の影からこちらを覗き見しているのも、ぱっと見、ストーカーに見えるだけなのではと思えてきてしまう。
 
「こんにちは狛枝君。あの、仲良くしてくれるの?」
「それは違うぞ!」
「日向君、そうか! ギャップを狙ってくれたんだね!? ゴミクズみたいなボクをあらかじめ罵っておくことによって、苗木君はかえって、ボクが悪くないんじゃないかと思えてくる! すごい! すごいよ日向君! う、うん、仲良く、したいよ。うん、ぜひ、うん・・・・・・」

 だらだら涎を流して、指を曲げた手をのばしてくる狛枝。

「苗木、こいつは、だめなんだ!! 真剣に次に行こう!!」

 小脇に抱えられて運ばれた先は、砂浜で、日向の同級生たちが水着姿でわいわいしていた。
 しかし、苗木を見ると、皆、しーんと静まりかえる。

「え、な、何で・・・・・・?」
「あの・・・・・・。助けて頂いてありがとうございました」

 頭を下げるセレス。隣で「う、うん、ありがとう」と小泉も気まずげに頭を下げる。
 他の人々もまばらに頭を下げてくる。

(き、気まずい・・・・・・!!!)

 苗木は固まった。どうも、日向が言った通りらしい。
 絶望の罪を背負っている彼らと、苗木の間には溝があるようだ。空気で、それを実感してしまう。

「ご、ごめん、じゃましちゃったかな?」
「いいえ!! 苗木さんたちが悪いわけではありません。というより、絶対的に私たちが悪いんです。江ノ島さんを信じてしまい、絶望に囚われてしまった。そういう自分たちを許す事が難しいんです。苗木さんたちを見ていると、より自分たちの罪を実感してしまうんですわ。同じ希望ヶ峰学園の生徒なのに、絶望に染まってしまった私たちと、戦って打ち破った苗木さんたち・・・・・・」
「そ、そんな過去の事なんだし、もう・・・・・・」
「でも、私たちが絶望して、人を傷つけ絶望させたのは拭いようのない事実なんだよ」

 と小泉が悲しげに後を引き継ぐ。

「・・・・・・ごめんね。そんな事、言われても困るよね」
「う、うん・・・・・・」
「だからって言ってね? 記憶を失いたいわけじゃないんだよ。苗木君たちはそうしてくれるつもりだったみたいだけど。ねえ、皆?」

 小泉の呼びかけに、そこは全員、頷いた。「忘却は暗黒の偽り・・・・・・」とわけのわからない発言をしている一名(田中)がいたが、たぶん、それも、同意だろう。

「だってさ。罪を全部なかった事にして生きてくなんて、それかえって恥ずかしいよ」
「じゃあ・・・・・・ボクにできること、ないのかな? ボクたち、仲間になれないのかな?」
「そんなの、なれるに決まってんだろ! けど今すぐは難しいって話だろ!」

 巨大な胸をゆらしながら男らしく叫ぶ女子に、苗木は大神さくらを思い出した。

「ならなくてもいいんだよ! む、むしろボクだけと・・・・・・」

 今度は木陰から飛び出てきた狛枝は、どうしても隠れるのをやめられないらしい。

「・・・・・・あ、そ、そうだね、狛枝君は、ボクに遠慮とかない、みたいな感じで、助かるかな」
「そうだよ、そうだよ苗木君、さ、さわってもいいかな。ちょ、ちょっとだけ・・・・・・あの、お近づきの印に」
「苗木さん!!」

 真っ青な顔のセレスが叫んだ。

「ごめんなさい私たちが間違ってました! 自分たちの貧しい過去になんて、うじうじこだわって、苗木さんに大変な苦痛を・・・・・・!!」
「仲良くなろう! 苗木君!」
「悪かったっスーー!!!」

 主に女子を中心にぎゅうぎゅう抱きしめられる。

(なぜか皆が心を開いてくれた・・・・・・!! っていうか、狛枝君ってそんなに危険なの?!)

「ふう、よかった・・・・・・これで苗木が守られるな・・・・・・」

 日向は溜息をつく。わいわいと皆に囲まれる苗木。
 しかし、横からじっとりした目の狛枝がよけいな事を言った。

「あ、日向君、寂しいなーって今思ってるでしょ」
「それは違うぞ」
「思ってるくせに! ボクは思ってるよ!? せっかくうまくいきかけたのに。何なのかな。やっぱりボクみたいなゴミ虫には苗木君はまぶしすぎるとかそういう」
「ああ、まあな・・・・・・」
「否定されないという、この不幸で苗木君が手に入らないだろうか・・・・・・」
「鮫に食われてきたらどうにかなるかもな」
「いいアイデアだね! よーし分かった、僕、全力で鮫を探すよ!」

 海に入っていく狛枝。
 これが本末転倒というものだろう。
 通常運行の狛枝は放置して、仲間たちに囲まれている苗木に再び目を向けた日向は、胸にあまり穏やかならぬ波動を感じた。
 寂しいなんて狛枝が言うから悪い。本当にそんな気持ちになってしまう。

「あの、日向君?」

 苗木が人混みをかきわけて近づいてきたのに、どきっとする。

「うわっ、な、なんだ?」
「皆に紹介してくれてありがとう。お礼を言いたくて」
「いや、それは・・・・・・お前の力だと思うぞ」
「それと狛枝君にも御礼を・・・・・・あれ、どこにいるのかな」
「それは全力でやめておけ。あいつは、今、鮫を探してる」
「え?」
「いや、何でもない、とにかく・・・・・・」

 とにかく、何なのだろう、この気持ちは?


【完】